06/05 「ベッド論」

 というわけで、ベッドなんですよ、ベッド。
 いやね、わたしなんてあれじゃないですか、みなさん知っての通りむちゃくちゃ金持ちで、毎日ステーキとメロンで総金歯で夏休みは自家用クルーザーでクルージングと軽井沢の別荘じゃないですか、そんなあたしですからね、住んでるところだってそれはもうあれですよ、六本木ヒルズとかそういうあれみたいなとこですからね、まあ大変なわけです。
 そんな住環境にもいささか問題はありまして、なんせ1Kの10畳くらいの洋室ですから、本棚とかパソコンとかを置くともうモノを置く場所がないわけですよ。なに六本木ヒルズ?住めるかそんなとこ。江戸川区のはじっこだっつの。
 で、そういう部屋で何が一番場所をとるかというと、これがもう布団なわけです。
 布団というものは、人間一人が横になってごろごろ転がっても大丈夫な大きさが確保されていなければならないわけですから、最低でも横1メートル、長さは2メートルくらいないといけないわけですね。  云うまでもなく部屋の中でそんなに面積をとるものなんて他にないわけで、しかもそれを常設してしまったらそこはもう寝るときにしか使えないわけですよ。
 なので、あたしは今いわゆる煎餅布団ってんですか、よく民宿とかに行くとご飯食べて戻ってきたときに敷いてあるあれですよね、あれを使ってるわけです。
 これなら使ってないときは片づければいいわけですからね、ってもまあ基本片づけないで敷きっぱなしなんですけど、あたしと一緒に住んでるのなんてハムスターくらいのもんですし、夜遅くに帰って寝るだけみたいな部屋ですからそれで十分っていうか、そんなものを敷きっぱなしにしておいてもまったく困らないわけですよ。むしろ部屋の真ん中に布団が敷きっぱなしになっててくれたほうが帰ってさっさと寝られるからいいんじゃないかくらいのことを思っていたわけです。
 ところがな、最近どうもこれはいけないのではないかと思い始めたわけですよ。
 実質的な問題として、まず敷きっぱなしだと当然踏む機会が増えるから布団がやたらと痛むのと、まあそれはちゃんとまめに畳めよって話なんですけどそれができれば苦労しないわけで、結局畳まないままってのはものすごいものぐさっぽいというか、いや実際ものぐさなんですけどなんかそれが加速してる感じと云いますかですね、なんかそんな気がするんですよこれ。なんかダメな独身男の典型的な部屋ってそんな感じじゃないですか。
 これはいかんわけです。やっぱりこう、せめてツラが見られねえくらい不細工なんだから、部屋くらいちょっとおしゃれにしてもいいんではないかと。そこでこれはまずかろうとそういう結論に達したわけです。
 で、そのうえで一番のネックというかそういうあれがこの煎餅布団だったわけですよこれ。
 だってあなた考えてみてください、おしゃれなカーテンがかかり、ロココ調木目の高級家具と調度品、テーブルの上にはコーヒーサイフォンがあっても、部屋の真ん中に煎餅布団。どう考えてもまずいでしょうこれは。いやまロココ調ってのがどういうものなのかさっぱり知りませんけど、少なくとも煎餅布団が似合うものではないと思うんですよたぶん。
 百歩譲ってこれが和室だったとして、ほのかにかおる畳のイ草の匂い、障子越しに入ってくる穏やかな光、そして薄い檜の色合いの柱の真ん中に煎餅布団。逐一しまえばいいんでしょうけど、結局それができない以上は和室だろうが洋室だろうが煎餅布団ではないわけです。
 あとあれですよ、たとえばですよ、彼女が部屋に来た!みたいな一大イベントがあったとしますよね。エロゲーだったらもう、サウンドモードでは20番目くらいの位置にあるような、ピアノが主旋律を奏でるような雰囲気の曲が流れててなんかもうそこへ行く選択肢が現れるのでパンツを脱いでるのと脱がさないのの差分回収のためにセーブしなきゃってポイントですよ、そこで彼女が腰かけているのは煎餅布団ではないでしょうどうやっても。いやそもそもそんな予定があるのかって話はとりあえずおいといてだ。いまはそういうことを云ってるんじゃないんだほっといてくれ。
 そのなんだ、えらい遠回りしましたけど、結局いまのあたしに必要なのはベッドなんじゃないかとこう思ったわけです。
 まあ確かにね、最初に書いたように2メートル×1メートルのものを置くスペースってのはえらいもったいないというかそれ以前にそんなスペースあんのかってことではあるんですけど、それはもう仕方ありますまい、なんとかひねり出すとしてだ。
 あたしはあれです、子どもの頃それこそ物ごころつく前から大学入るくらいまでかなあ、ずっと実家住まいだったんですけど、この家がまあ狭い家でして、しかもほんとに築何年なのよみたいなところだったわけですよこれ。平屋でなんせトイレなんかほんとの純和式でしたからね、いわゆるぼっとん便所というやつで、またがり式なのは当然で水で流すシステムなんかない、ほんとに便器の下に穴が掘ってあって週一くらいでバキュームカーがやってきてブツを回収していくというそういうあれだったわけです。なんせ友達呼ぶと友達がちょっと引いてましたからね、何十年も前の地方とかじゃなくほんの20年前の東京の話ですよ信じられないかもしれませんが。東京っても田んぼと畑ばかりの田舎ではありましたけど。
 まあ、そういうところでしたから、布団なんか当然のように煎餅布団で、寝るためにはいちいち押入れから布団を出さないといけなかったし使わないときは畳まなきゃいけなかったし、同級生の家に遊びに行ったりすると常設されてるベッドがあり、それになんかこうなんだ、近代化というか文明開化の音を聞いた気がして妙に憧れたものです。
 当然、こう笑い話というかあるある話でよくあるような、「ベッドの下にエロ本隠してる」みたいなこともまったくしないできてしまいましたからね、そんなもの煎餅布団の下にエロ本隠したところで畳んだらばれるわけですしどうにもなりません。そのかわり畳をひっぺがしてその下に隠すというものすごい高度なことをしていましたがそれはべつにどうでもいいです。とにかくそういうことにまで憧れていたわけですよ。
 それが大学に入ったあたりのころに家を建て替えて、そこでようやくあたしの部屋にもベッドと云う文化が輸入されてくるわけなんですけども、まあこれが人間を堕落させるものなわけですよ。だってあなた、今までは朝起きたら畳んでた布団が、畳まれないまま部屋の片隅にいつもあるわけですからね、寝ようと思ったらいつでも寝られるというこの堕落システムたるやたいしたものです。エロ本も隠せますし。
 実際に使ってみると別にそこまで素晴らしいもんでもないなあってのはありましたし、基本いつもベッドの上にいるようになってしまってなんかこうものすごく自堕落になった気がしたんですけど、まあそれはそういうもんでしょう。なんだ結局自堕落なのか。
 まあ、それだから別に煎餅布団でもいいやって今の一人暮らしの自称六本木ヒルズにはベッドを買わず、煎餅布団で対応していて特にそれで困るではなかったんですが、それが急にここにきてこれですからね。
 ついでに云えば、あたしは今キャンピングカーに乗ってまして、旅行なんかはそれで行くわけなんですけど、キャンピングカーって当然煎餅布団じゃなくてベッドじゃないですか、そうするとな、まあ使い道っていうか用途は違うけど常に寝る場所があるというそういうあれというのは想像以上に便利なんではないかなあみたいなことに気付いたりもするわけです。
 とまあそういうわけでして、ベッドを買おうと思ったんですよね。えっらい長い前振りだな。ていうかこの前半半分以上いらねえだろ。
 まああれですよ、あたしみたいなのはもうヒルズ族でロココ調ですから、行く店なんかもう超高級家具店以外ありえないわけなんですけど、そもそもベッドってどこで売ってるのかみたいなことですよね。お値段以上とかそういうあれか。
 だいたいそもそも、今まで生きてきた中で、ベッドのよしあしなんて考えたことなかったじゃないですか。百歩譲って布団によしあしがあって、その綿の感じとかなんとかそういうあれによって快眠具合が全然違うんですよって云われたらまあそうかなって思うと思いますけど、ベッドですからね、具体的になにが違うんだかさっぱりわからない。
 これがたとえば、値段が高いのは素材の違いで、実はこの木はそれはもう世界に100本しかない木でできてましてものすごいレアなんですよとか、デザインがイギリスの有名なデザイナがデザインしたものでむっちゃロココ調なんですよとかそういうんだったら別にどうでもいいわけです。
 以前にもどこかに書いた覚えがあるんですけど、なんてかな、自分の興味あるものに対してデザインとか機能のプラスの対価を払うのは別にやぶさかではないんですけど、まったく興味のないものとかどうでもいいものには1円の対価だって払いたくないじゃないですか。
 だからそのなんだ、ロココ調だからプラス1万円ですとか云われると、ロココ代に1万円はやっぱりちょっと払えないよなあみたいなことになるわけです。いったいどんなものなんだロココ調。もはやあたしの中ですごいものになりつつあるな。なんか総金張りとかそういう感じだよな絶対違うと思うけど。
 というわけで、昔ならそこで途方に暮れてたわけなんですけど、今はあれじゃないですか、ネットという便利ツールがあるじゃないですか。こういうときにネットを使わないでどうするんだってことですよこれ。
 なのでさっそくGoogle検索とかを駆使して調べてみますと、やはり思った通りベッドにもかなり高い安いがあるようで、まずは大きさというかそういうあれで価格帯が分かれているようです。
 シングルとかダブルとかそういうあれで、これはまあ旅行に行くときにホテルなんかを予約すると必ず出てくる言葉なのでまあわかるじゃないですか。それでもまあセミダブルってのはいまひとつよくわかりませんけども。シングルより大きいけどダブルよりは窮屈なので二人で寝るときに距離が近くていいでしょ的なあれか。滅びてしまえ。
 そういうあれでして、まあシングルでいいわけです。そもそも置く場所がねえって云ってんだから。
 幸いなことにシングルってのが一番安いのでそれはよくて、あとはもうなんか機能っていうか、そういうのでどうも区別されているようです。なんかこういかにもベッドって感じの木製のものとかは高くて、イレクタパイプを組み合わせただけみたいなやつだと比較的安いようですどうやら。
 しかしこれ、ちょっと想像していただければわかるように、一歩間違うと病院のベッドみたいな雰囲気で、なんかこう常に入院してるような気分になるんじゃないかみたいなデザインのものも数多く、いや別にそんなんどうだっていいっちゃいいんですけども、最初の目的はそのなんだ、雰囲気的なものの改善ってのもあったわけですから、これはちょっとまずいわけですよね。
 いや別にそんな誰が来るでもなし、そんなにデザインが凝ったものである必要はないんですけど、さすがにあんまりあんまりなのはあんまりだなあ、みたいなわけのわかんないことを思ったりもするわけですこれ。
 まあ、もちろんある程度ファッション性というかデザイン性みたいなのを追及していけば値段が上がるわけなんで、そこはある程度トレードオフなんですけど、それでもあんまりにもあんまりなというか、シンプルすぎるのもなんかなあじゃないですか。
 どうせ寝るだけなんだから使い勝手なんか関係ないわけですし、デザイン的にある程度個性的で、まあ、置ける範囲内でそれなりにゆったりしていたほうが寝るときのことを考えればよかろう、ということになるわけでして。
 そういうことからすれば、これなんかいいんじゃないかな、ある意味むっちゃ個性的っちゃ個性的だし。



 しかもこれな、むっちゃ値段安くて、12000円とかで買えるんですよ。マットとかは別ですけど、まあそれはどれもたいして変わらないですし、こんなもんでしょう。ゆったりしてるということからすればすっごいゆったりしてそうだし、こんなんでいいかな。
 ……というところで、購入ボタンを押しかけてふと気付いたんですねこれ。
 いやいやちょっと待て待て。あたしはなんだエジプトの王族かなんかか。あの狭いワンルームに天蓋ついたベッド置いてどうすんだ。
 しかも売り文句が「お姫様気分のベッド」とか書いてあって、なんだあたしはあれか、ちょっとアレな感じのOLか。ゴスロリの人とかそういうあれか。こんなもので36歳の童貞が寝てたら気色悪いってのに。
 こんなものが日本国内に普通に流通していることにも驚きますが、とにかくすんでのところで思いとどまってみたものの、まあこれに比べればどんなベッドだって地味ですからね、なんかこうやっぱり病院とか介護施設とかそういう感じの雰囲気がものすごいあるわけですよこれ。
 というわけで結局なにも買わずというか買えずにまた迷いモードに入ってしまったんですけど。なんかもう煎餅布団でいいんじゃねえかこれ。雰囲気作りもなにも雰囲気作ったってハムスターしかいねえんだから。
 難しいですねベッド。やっぱりちょっと無理してロココ調かな。もうロココ調って云いたいだけだものこれ。ロココ調。


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