9/14 「生理的嫌悪論」
ということで、あれだ、皆さん生きてますか。ああ俺かそれは。いやほんと申し訳ない。別にサボってたわけじゃなくてほんと死ぬほど忙しかったんだってば。コミケがはじまる前くらいからなんかこうあれよあれよの間に多忙になってほら見て御覧なさい気が付けば九月だ。まあちょっと早い夏休みだったと思っていただければ。夏休みが多いサイトだなここはな。他のサイトみたいに過去の日記からサルベージ、とかできないからなあ。サルベージもなにもいまだに全部残ってんだもの。いっそのこと古い奴消してくか。
さしあたりまして、コミケに来ていただいた方々ありがとうございます。今回はHP見てると声をかけてくださる方が多くてとても嬉しかったです。いやこれはほんとに。
西館のほんとはじっこでなんかもうあんなところまで人が来てくれるのかどうか不安でしたが、っていうかやっぱり案の定東館とかに比べると驚くほど客足の少ない一角ではありましたが、それでもそんなところまで来ていただいた方々にはホントに心から感謝を。
まああれだ、久々にやる話題かどうかはおいといて、生理的にどうしてもダメなものってあるじゃないですか。
いやまあこういう話題というのは実にデリケートというか、あたしが最も嫌いな言葉であるところの「ウザい」「キモい」とかに通じるものがある「存在の無条件否定」に繋がりかねないのであれなんですけど、そういう人の存在とかに対して云うではなく、ちょうど「好きなタレントランキング」とかをニュースで見てたら「嫌いなタレントランキング連続一位」とかで「江頭2:50は生理的に受け付けない」とか云ってる奴がいてお前何様なんだと思ったりもするわけですけども。あれ誰に聞いてるんだよいい加減失礼だろ。
いやまあそれはともかく、もっと原始的な感覚ってんですか、たとえばちょっと前にインターネットで猛威を振るった蓮コラなんてやつは、あれはもう人の生理的嫌悪感にモロに訴えることで被害を拡大したわけですし、人の生理的嫌悪感というのはある程度根底で共通している……と思うところではあるのですが、しかしどうもそういうもんではないのかなあというのもあったりするわけです。
まあその、考えてみれば、もし仮に生理的嫌悪感が人類に共通するものであったとすれば、あたしの顔なんかはそういうカテゴリーに入ってしまうんだろうなあみたいなことで非常に悲しい想像しかできなくなりますし、いやまあこの三十年間の人生がそれを証明しているのではないかという気がしないでもないのですがそれはともかく、まあどうしても人によってはどうしてもこれはダメ、というものがあると思うんですよ。あたしの顔とかな。だからそれはもういいってば。
そういうあれで、あたしの場合はあれなんですよ、こう、小さいものがうじゃっと集まってるものというのがどうにもダメなんですよね。
たとえば虫の卵とか、あと毛虫なんかがいい例ですよね。虫の卵も毛虫も世の中がケミカルになっている今では都心部とかだとあんまり見なくなりましたが、昔はよくよく木なんかをふと見上げるとですね、そこにまあ実にカラフルな毛虫がそれこそ百匹単位で固まってうじゃっとしてたりするもんなんですよああもう思い出しても痒い痒い。子どもの頃にカブトムシをとりに行った友達が夜中知らずに木を蹴っ飛ばしたらですね、そのなんだ、ばらばらっとね。ああもう。
毛虫の場合は虫一匹一匹が脅威なのでそれはちょっと例外だよ、と思う向きもあると思いますけども、まあそういうもので、同じ形状の細かいものがうじゃっと集まっている状況というそういうものになぜか実にぞっとするのです。胡麻煎餅なんかも胡麻の向きが同一で均一に大量に埋め込まれてたりしてたらもうさぶイボが立ちまくるのではないかと思います。
というわけで、そういうものがどうもダメなあたしにとって、どうにも信じがたいものというのがありましてね。
話はぜんぜん変わりますけど、あたしは道具に関してはものすごく道具道具したものが好きなんですよ。余計な機能とか装飾とかがなくて、ほんとにそのためだけに生まれました、みたいな感じの。
だからパソコンとかもいまどきのやたらデザインされたものより昔ながらの無骨なタワー型とかのほうが好きだし、車もエアロパーツとかごてごてついてない素のものが好きだし、そもそも何かを「飾り付ける」というそういう行為そのものに興味がないのかもしれません。
携帯電話なんかそのいい例でして、ごちゃごちゃしたデザインのものは嫌だし、もうストラップをつけるのすら嫌というそういうあれなわけです。
別に携帯電話にどんな装飾をしようとどんなストラップを付けようと自由なんですけど、見てて困るのはあれだ、携帯電話のボディにあの小さいビーズみたいなのを隙間なくびっしり並べて貼り付けるあれな。
あれがもうなんか虫が産みつけた卵みたいに見えちゃってもうどうにもこうにもさあ。大丈夫なのか持ってる人は。もうね、すっごいダメなんですよあれ。見ると寒気がするというか、まさに蓮コラを見たときのあの感覚。
電車の中とかで携帯電話を広げてる人なんていまどき珍しくもないですけど、あのビーズがいっぱい貼り付けられた携帯を広げてるのを見かけてしまった時なんかはもうなんかこうすっごいアレな気持ちになってその日一日アンラッキーみたいなそういうあれになるわけです。なんなんだあれは。そして何を云ってるんだあたしは。
しかし持ってる本人は大丈夫なんだろうかと思うわけですよ。まあフグは自分の毒で死んだりしませんからね、大丈夫だからやってるんでしょうし、あれにそういうなんというか生理的な何かを催すのは少数派というかもしかしたらあたしだけなのかもしれませんが、あたしがもしあの携帯持てって云われたらこれテレビも見られてインターネットも見られてしかも通話料が一回一円なんですよって云われても持ちたくないわけです。こればっかりはもうしょうがないそういうもんなんだから。
とかなんとか思い出しただけで寒気がして、なんかサンプルで画像とかないかなあとか思ってイメージ検索とかしたら簡単に見つかってそれでさらに寒気にブーストをかけるという壮絶な自爆をしているわけなんですが、なんだろうなあ、持ってる人はよく耐えられるよな。俺だけなのかそうかそうか。
携帯電話の会社ではああいうの貼り付けたりすると、万が一の故障とかのとき保証が効かなくなるそうですが、それはもしかしたらあれがどうにもダメな人が多いからじゃないのかとこう思うわけですなあ。ですなあ、じゃないよ。なんだこの文章。
しかしまあどうしても生理的にダメなものをさらにあげるならあれだな、よく掲示板の書き込みとかで、矢鱈滅鱈に小文字使う奴いるじゃん。すごぃたとぇにだすのもぃゃなんですけどこんな感じに。こぅぃぅゃっってたいてい「私わ」とか「そぅゅぅこと」みたいなものすごぃ不自由な日本語を使ぅんだょね。
こういうの見るたびに思うんだけどもてめえの日本語の不自由さおおっぴらに宣伝してどうしようというのか。たぶん携帯電話あたりから生まれた文化なんだろうけどもさ、思うに携帯電話ってどんどん人間の頭を悪くするためのツールなのと違うかと本気で心配なのですょ。ああもう。
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