とは云うものの、やっぱり人間って、「手に入らない」って云われると欲しくなる生き物じゃないですか。
　誰しも多かれ少なかれそういうところはあって、商売の基本であるところの需要供給曲線なんてやつも、基本的には「欲しい人が多くて物が少ない状態」というのは値段が上がるときだっていう当たり前のことを説明しているに過ぎないわけでして、まあ、あらゆる意味で人間の摂理なわけですよね、こんなものは。
　そういうわけでして、日本のことが嫌いなはずのどっかの国から大挙して押し寄せてきて転売用途に人海戦術で買いあさられているおかげですっかり品薄になってしまい、すっかりソフトが売れなくなってしまっているPS3の状況を見るにつけ、じゃあWiiはどうなるんだろうと複雑な気分で居ても立ってもいられない心境だったわけですよ。早く国に帰れよあいつらとかいやほんと。
　長いことここを読んでくれている方ならご存知でしょうが、わたしとか結構なソニー信者のアンチ任天堂なんですけど、PS3はグランツーリスモHDのわけわかんない課金制度の発表で気持ちが一気に萎えてしまい、発売日に買うという努力をしなかったせいでちょっと買ってもいいかなあと思っている今現在でもまだ売ってるとこ見たことねえよ、という状況になっており、たかがゲーム機ごときでこれはいかん！とこう思うわけです。
　そこで12月2日発売予定の「Wii」なんですが、まあね、さっきも書きましたけどわたしとかもう典型的なアンチ任天堂ですから。そらまあファミコンには散々お世話になりましたけど、どうにも山内前社長のやり方が気に食わないってのがあって、さらにもとより生粋のソニー信者だったことも手伝って、任天堂ハードなんかどうでもいいさね、みたいなことになってましてね。
　まあね、そういうあれで、ネットでも実店舗でも散々歩き回ったにも関わらずどこも予約できないからどうしようか悩んでたわけですよ。なに云ってることがおかしいとそういうのはまあいいじゃないですか会社は嫌いだけどハードに罪はありません今はやれソニーだ任天堂だ云ってる場合じゃないんですってエンターブレインの浜村さんも云ってたしだいいちあれですよ大人なんだから両方買えばいいんですよ。
　とまあ言い訳のすべてを結集してみたんですがどうでしょう。いやどうでしょうって云われても。だってしょうがないだろPS3売ってないんだから。
　正直なことを云うとですね、Wiiを発売日に欲しい、という考え自体そんなになかったんですよ。別にどうしてもやりたいっていうソフトがあるわけじゃないですし。ぶっちゃけゼルダとかやったことないしな。
　ただね、今のDS LiteとかPS3とかの品薄状況を見てると、いざ欲しいソフトが出たときに本体がなくて涙を呑むことになるんじゃないか、とこう思ったわけです。そんなくだらないことで後悔するの嫌だし。
　でもって、こういうのはPS3の例を見るまでもなくたいてい発売日を逃すと買いづらくなるというのが一般的で、そりゃまあXBOXとかPSPみたいにいつ行っても店にあるくらいに安定供給されてれば別なんですが、なんせネットでの予約が数分で埋まるくらいの商品ですからね、ここしばらくはそういう状況にはならないだろうなと。へたすればDS Liteみたいにしばらく品薄のまま推移する可能性もあるなと。
　発売日に並ぶ、という手段もあるわけですが、並んだからと云って確実に買えるものでもなく、12月の寒空の下にじっと立っているなど考えたくもありません。だいいち、そこまでして欲しいかと云われたらいやべつにそこまではというあれもあることだし。
　だいたいそろそろ大台に乗ろうとしているこの体で早朝から並ぶとかありえない。ぶっちゃけコミケの一般入場の行列だってキツイわけでして、それをあなた徹夜で並ぶとかマジありえない。
　だからソフマップの予約受付に早朝から並ぶことにしました。もう云ってることむちゃくちゃですねあたしとか。ほら11月ならまだなんとか寒さも本格的じゃないですし。
　まあ、前振り長くなりましたけどもとにかくそういうあれで、ちょっと前にソフマップが全国各店で予約の受付をやるということだったので、それに並んできたんですよ。
　ただ、前日夜から徹夜で並ぶというのはさすがに却下。そんなことしたら死んじゃいますっていやほんと。だいいち、たかが予約にそんなに人が来るわけないだろうというのもありましたし、今回並んだのは秋葉原とか新宿とかじゃなくて町田ですからね、そういうのもあってそんなにゃあ人いないだろうと。
　ただ、始発が動き出すと一気に来る可能性も否定はできないわけでして、いくら早朝からとは云っても何時間も並ぶわけですから、これで買えませんでしたは許されません。
　この被害を最小限に食い止めるには、始発が動く直前に行くのがいいだろうということで、まだ朝も明けない早朝四時、車で町田に行ったわけです。どう考えても寒いだろうからズボンを二枚重ねて履いたりとかすっごいもこもこしてた。あと吉田君からコスプレ用にって貰ったニーソックスがはじめて役に立ったよ。ありがとう吉田君。
　ま、なんだかんだでも町田ですからね、そんなに人いないだろうと思ってたわけですよ。東京の神奈川と呼ばれ、新宿とか秋葉原ならともかく、行きづらいことでは隠岐あたりと変わらないことで有名な町田ですよ。いい加減怒られるな町田の人から。うそです町田いいところ。
　とにかくそんな超絶大都会ってわけじゃない郊外ですから、物好きがせいぜい数人並んでるとかその程度だろうなあとか思ってたわけです。あんまり人いないようなら車の中で暖房に当たってから行こうと思ってたくらいですから。
　ところがですね、行ってみたらもう20人くらい並んでるんですよこれが。
　始発前ですよ。ってことは同じように車で来たか、歩いていける距離に住んでるか、或いは徹夜でここにいるかどっちかってことなわけです。しかも並んで商品を買うってわけじゃなくてただの予約ですからね、とんでもない話です。
　まあ、いかにもな感じの若いおにいちゃんがやっぱり多いんですが、女の子とかも二人くらいいたし、何よりああこれ確実に息子とかのためだろうなあみたいな年配の方とかもいて、ああなんか時代は変わったなあ、親が息子のプレゼントのために徹夜で並んでまでゲーム機を買ってきてくれる時代になったんだなあなどと思わず感慨深くなったりしてみました。
　あれですよね、あたしらが子どもの頃はまだファミコンでしたけども、ファミコンを買ってもらうのにどれくらいの努力が必要だったかってことですよ。もうね、サンタさんにはすごい勢いでファミコンが欲しい旨の手紙を書き、「サンタさんは学校の漢字テストで80点以下を取ったら来ない」などという円借款もびっくりの直情的かつ傲慢極まりない条件を突きつけられ、それでもサンタさんに訪問拒否などされたらこちらとしては死活問題ですから漢字テストでの点数をキープし、その上でクリスマスの日に目覚めてみたら枕元に置いてあったのが「えらいひとのはなし１　エジソン」なる本だったりとサンタの野郎には裏切られ続けた人生だったことを思えば、サンタさんが徹夜でソフマップの行列に並んでくれるなどもう神様のような存在であることに相違ありません。やだけどなそんなサンタ。
　そんなわけで並び始めたんですけどね、これ意外なことに、最初のうちは楽しいんですよ。お祭り気分も多少あるんだとは思うんですけど、なんかこうああ俺いい年してなんかすっごいバカなことしてるよ！みたいな高揚感があるんですよね、だから寒さもあんまり感じないわけ。ゲーム機とか本とかいっぱい持っていったんだけど結局全然使わなかったもの。そんなことをしてるうちに始発が動き出したらしくてどんどん人が並び始めてるわけですが、まだ真っ暗だし人通りは少ないしでなんかこうコミケの一般入場で並んだときのあの感じね。一回しかやったことないけど。まあいかにも徹夜で飲んでて今帰りますみたいな人たちの好奇の目に時々晒されたりはするんですがまあいいですこの際そんなものは。
　ところがだ、これが一時間くらい経ってくるとちょっと落ち着いてくるらしくてですね、すっごいダウンな気分になるのね。そうするとさ、途端にものすごく寒くなるのさ。もうね、普通に立ってるだけでいられないのさ。芯から冷えるってなあこういうもんなんだなあというのを心の奥底から感じるようなもんで、ほんとになんていうかな、心が折れそうになるのよ。
　いやね、ほんとつらかったのよ。急に文体変わりますけども、ほんとになんてかな、まず寒いっていうのがあるんだけど、そういうことじゃないのね。なんかもうね、どういう感情かわかんないんだけども、とにかく辛いのね。なんかどんどん無に還っていく感じ。ファイナルファンタジー３のラスボス戦みたいになってた。
　でさ、ただ立ってるだけじゃこれはほんとに俺が俺じゃなくなっちゃうよ、と思いましてですね、PSPとか取り出してみるんだけど、手が冷たくてそれどころじゃないし何よりもう考えるのが嫌だからゲームとかできないの。本も同じで却下。でも何もしないでいるときっといきなり発狂しかねないからこれはまずいと思って、こないだ買いかえたばかりの携帯電話でそういえばテレビが見られるからこれでテレビを見よう、テレビならなにもしなくても済むからきっと退屈もまぎれるに違いないと思ってテレビ見てたら「この秋一番の冷え込みで師走並みの気温」とか云ってるの。もうね、これじゃ当日並んでもいっしょだったじゃないか。むしろ手間が省ける分だけ当日並んだほうが良かったじゃないか。
　で、二時間くらい経つとだんだん白々と空も空けてきましてね、ただ、電車の利用客も多いからもう通勤通学の人たちにすっごいなんかこう汚いものを見るような目で見られるのね。並んでる場所が駅へ通じる橋の上だから吹きっ晒しだしなんかもう晒しもん度百パーセント。この視線が痛くて痛くてもう。折れちゃいそうでした。
　だから並んでから三時間、太陽が出たときはもうなんていうの、ほんとに天照大神に感謝したもんですよ。こうね、ビルの隙間からぱっと光が差し込んでくるのね。なんていうかな、昔の人が太陽を神聖視したのがすっごい判る気がした。たぶん「古事記」で天岩戸を開いたときってこんな風景だったんだろうなあって真剣に泣きそうになってたもの。俺さ、きっとあの時なら割といい巫女さんとかになれたんじゃないかと思うんだよ。すっごい心とか綺麗だったと思う。
　太陽が出るとさ、すっごいあったかいのね。普段暮らしてる中で太陽の恩恵を感じることってないじゃないですか。でもね、あのときは違ってた。それまで寒いのを通り越してなんか筋肉が痙攣起こしそうになってたんだけどそれが収まったもの。あと三十分遅かったら本気でやばかったかもしれない、くらいの勢い。それにしたって寒いのは変わらないし、なんにもやる気が起きなかったのは変わんないんだけど、太陽の光があるだけで人はこんなに安心できるんだなあ。太陽がもしもなかったら地球はたちまち凍りつく人は微笑み無くすだろう（イエーイ）とはよく云ったものであれはほんとかもわかんないぞ。いやまあ明るくなったことでなおさら人々の視線は痛いんですけど。
　で、町田ソフマップの開店は十時なんですが、さすがに行列もえらいことになってて既に最後尾が見えないくらいになってるし、このままだとアレだというので九時くらいに店員さんが来て予約券を配り始めました。いやもうこのときは店員さんが神様に見えたもの。しかしこれを持って開店後にもう一回来て予約しろっていうことはまだこれで帰れるわけじゃないのかってがっかりしたんですけども、それ以上に並んでる人は全員買えたという事実がもう。それじゃあ九時五分前に来たってよかったってことじゃないか。なんだったんだ俺の五時間。
　というわけで、悟りを開きながら予約したWiiなんですが、さあ当日に買ったところであたしはこれで何を遊ぶんだ。