07/05 「七夕のおはなし」

 とは云うものの、時代は七夕なんですよ。もうね、時代レベルで七夕。意味わかんない。意味わかんないけどとにかくそういうあれで、とにかく七夕なんですよ。
 もうね、何度も何度も云ってるのでいい加減ここに古くから来てる人なんかからしてみればもうわかったから落ち着けってなもんなんでしょうけれども、七夕っていうのはあれなんですよ、すっごい和服系のイベントなわけ。だから「和服系のイベント」などという言葉はないと云うのに。
 どっかのお祭りとかでさ、浴衣姿のあの子といっしょに歩いたりなんかして、短冊にお願い事書いて「何書いたの?」「え?ひ、秘密!」みたいなそんなような会話があってですね、まああれですよね、それには当然「ずっといっしょにいられますように」とかなんとか書いてあるわけなんだけれどもさ、その後なんだかんだで無言で静かな川沿いの土手なんかを歩いたりとかそういうあれですよね。
 なんかさ、ある意味で、正月とかもいいんですけど、七夕ってそういうのがすごくいい感じに決まるというかですね。なんかこうあれなんですよ、浴衣とかそういうあれで、星とか見ながら話をするのとかすっごい夢なんですよ。そのときに備えて星の基礎知識は蓄えてあるんだけども、その備蓄を使うときがまるでないというのがすっごいアレでな。実は白鳥座X-1は実はブラックホールかもしれないという可能性があってまわりの星やチリを飲み込んでいるんだよ、なんていうようなあれか。嫌われるな一発でな。
 とまれ、実はですね、七夕と云えばこう未来にきっとあるに違いない妄想ばかりが膨らんでいる昨今なわけなんですがあながちそればかりでもなくて、実はこうちょっと思い出とまでは行かないまでもいろいろあってね。
 小学校の頃だと思うんですけれども、なんか学校のイベントで、毎年七夕近くにでかい笹みたいなのが用意されてそれに願い事を書いた短冊を一人ひとつぶらさげる、っていうようなあれがあったんですよ。まあそういうのよくあるじゃないですか。
 そこでこうあれですよ、ある少年がいたんですよね。こらそこまたこのパターンかとか云わない。いたんですある少年が。
 この少年はさぞかしなんていうかこうクラスではよくいるじゃないですか、別に運動ができるわけでもない顔がいいわけでもない、そうなるともうクラスをいかにして笑わせるかに賭けるしかないというそういう大人になるときっともうそろそろ三十歳にリーチがかかってるのにいまでも女の子の手も握ったこともないというようなそういうあれになることが確定しているタイプの。ほっといてくれ。
 その少年はですね、「願い事を書け」という目的で渡された半分に切られた折り紙を見て考えるわけですよ。何を書けばおもしろになるのかと。ここで笑いを取らずしていつ取るのだと。
 そりゃね、少年にもいっぱしの願い事はありました。欲しいものもいっぱいあったに違いない。ファミコンとかな。あとひそかに好きだった真理子ちゃんとの恋が実ればいいなあなどと考えていたこともありました。そういうあれを全部ぶっちぎってやるのだから、これはもう相当に気合を入れて考えるしかないとこう思ったわけです。心底馬鹿ですねあなたもそう思いますかあたしもそう思います。いや少年のことですけども。
 そこで考えたんですね。たぶん、ある程度までは他の人間も少年に笑いを求めるだろう。あいつは何かまた馬鹿なことを書くに違いない、というようなあれだろうと。それはまあだいたいあっていて、実際に「お前何書くの?」とこういろんな人に聞かれたわけです。クラスに必ずこういうタイプの奴らは何人かいて、こいつら……正確にはまあこの少年と松本君ですよね、この二人が何を書くかというのはそれ自体がひとつのネタだったわけですね。
 たぶん松本君はスタンダードに狙ってくるだろう。ということは、俺は松本君の勝負球を打ち返してやらねばならない!という思いがまた強くなってきて、こういろいろ足りない頭をひねりまして出た結論は、「まじめに願い事を書く」ということだったわけです。一見まじめに見せてそれでいてそれが面白いというそういうパターンの笑いですよね。
 とはいえ、そこで素直に「真理子ちゃんと恋仲になれますように」みたいなことを書けるほどの度胸もありませんし、なんせ田舎の小学校ですからね、そんなことを書こうものなら恋仲どころかみんなから綺麗さっぱり恋の芽を摘み取られることは疑いない。そいつはできねえ、と。
 そこで考えたのがですね、「世界人類が平和でありますように」だったんですね。今でも時々見かけるじゃないですか、「神を信じよ 聖書」みたいな、たぶんキリスト教系の何かそういうあれだと思うんですがそういうの。
 これがちょうどこの数ヶ月前に学校のすぐそばの民家の壁に突然現れて、教室内で何気にブレイクしていたんですよ。小学生って馬鹿だからそういうことあるじゃないですか。
 そこでもう意気揚々と赤い折り紙に精一杯の達筆で以って「世界人類が平和でありますように」を書いたわけです。もうね、それで教室内大爆笑ですよ。そう来るか、みたいなそういうあれで。これで少年としてはもう思いの半分は達成したようなもんです。
 実際に短冊になって飾られて、やれドラクエの新しいのが欲しいだの成績がよくなるようにだのといった煩悩に満ちた願い事に溢れる中、なぜか世界平和を希求する短冊。飾られちゃうとあんまり面白みもなくなってたんですが今考えれば充分にシュールです。
 まあそれで終わってくれれば少年のてふが一匹韃靼海峡を渡っていったような非常に知的かつアナーキズムに溢れた七夕で終わっていたわけなんですけれども、これがまた先生が空気読めないんだよ。なんかさ、「特によかった願い事はですね」とか云って帰りの会で話し始めるわけ。なんかさ、田島さんの「家族みんなが仲良く暮らせますように」みたいな、先生はほめてたけども今大人になってから考えてみればもしかして田島さんの家はいろいろ大変だったのではないかと思わずにはいられないあれとかそういうあれで、自分のネタを精一杯に振舞えたあたしとしては聞くともなしに机に自分の想像するドラクエモンスターであるところの「ベギラゴンスライム」を書いて帰りの会が終わるのを待っておりました。べギラゴンを使える緑色のスライムでかなり強くてゴールドをいっぱい落とすんだよ。
 そしたらさ、あろうことか先生がさ、「あと、今回の願い事で先生は世界人類の平和を願った願い事があって感動しました」みたいなこと云い出すわけ。そんな馬鹿なこと書いてるのあたししかいませんよどう考えても。ああもういつのまにかあたしになってら。もう教室のみんなも知ってるからさ、おいマジかよみたいな顔になってる中で訥々と世界平和がいかに重要か、そして世界中でおきている悲惨な戦争について話し始めるわけ。もうみんな帰る準備万端なところでそんな世界史の授業みたいなことされても困るわけじゃないですか。もうどんどん自分の世界に入っていく先生。いいから早く帰らせろお前が余計な事云うからだという恨みの念を送り続けるクラスメート。思ったよりいい感じに書けたベギラゴンスライムの出来にご満悦の少年、という不思議な構図。もう意味わかんない。間違いなく誰も幸せになってない。そして世界ではまだまだ戦争がですね。
 ちなみに松本君は「沢田さんのほくろが直りますように」と書いていて、帰りの会でそれを知った沢田さんをはじめとする女子連合軍に糾弾されておりましてそこから帰りの会はさらに三十分ほど延期されたのもいい思い出です。沢田さん元気ですか。だから本名はやめようよほんと。
 嗚呼、世界人類が平和でありますように。

<近況報告>

戻る