鎖 -クサリ-(Leaf)

項目シナリオシステム音楽総合
ポイント4−3+4−
シナリオ:枕流
原画:ぴめこ/トメ太
音声:フル
主題歌:有(オープニング:『睡蓮 -あまねく花-』/エンディング:『星座』)

<シナリオ>
 太平洋の公海上を進む最新鋭の高速実験線、バシリスク号。その船に乗っているのは、実験に便乗してクルージングを楽しむ主人公・恭介たちだった。
 その航海の途中、彼らは海の上を動力機関が壊れて彷徨っていた研究船に出会い、乗っていた岸田洋介を船に乗せる。
 しかしそれこそが、これから始まる悪夢のはじまりだった……という導入で始まる、ホラーサスペンスストーリーです。
 話の内容はとりあえず後に回すとして、とにかくこの作品、話の流れというか組み立てがものすごく絶妙なのが何よりのポイントです。
 こういうサスペンスものの組み立てというのは、エピソードを一つ一つに分断した場合、その一つのエピソード内で導入(きっかけ)と結果が存在していて、それによって構成されたエピソードが別のエピソードの導入と結果になっている、というのが基本になります。
 ちょっとややこしいのですが、云っていることはものすごく単純極まりないことで、たとえば、田中君が斉藤君が食べるはずだったお弁当を食べてしまって、それによって田中君はコンビニにお弁当を買いに行くことになったと。そこで昔好きだった女の子にばったり出会った、というような話があったとしましょう。
 この場合、「田中君が斉藤君のお弁当を食べた」というのが導入で、「コンビニにお弁当を買いに行った」というのが結果です。このまとまりを一つの「イベントA」だとすると、この「イベントA」を導入として「昔好きだった女の子に出会った」という「イベントB」が引き起こされているわけですね。一つの導入・結果で構成されているイベントAが、イベントBの導入になってるわけです。
 さらに、じゃあどうして田中君は斉藤君のお弁当を食べてしまったのか。実はそのお弁当には田中君が大好きなおかずが入っていたからで、じゃあどうして田中君はそのおかずが好きになったのか……と云うように、導入・結果は過去の時系列にも遡ります。
 そしてさらには、そのお弁当を好きになったのには実は斉藤君が昔好きだった女の子が関係していた、などと云うような、導入の中に導入が含まれていることがあって、こういった構成の組み立てが緻密であればあるほど、サスペンスものの物語というのは緊張感が増してくるわけです。
 しかし、これが細かければ細かいほどいいというわけではありません。細かくすればするほど、それはつまり登場人物が生まれてその年齢になるまでを全部語る必要が出てくる、ということになります。
 何か物語の根幹を揺るがすような事件が起こってからの展開というのは当然ある程度の緻密さを要求されるのは云うまでもありませんが、しかし、なかなか事件が起こらない、ただずっと平和な日常が続くだけというのではまず間違いなく飽きます。
 かと云って、それならばすぐに事件が起きればいいのかというとそれもまた違っていて、たとえば殺人事件が起こるにしても、始まっていきなり何の脈絡もなく人が死んでてさあ大変だなんてことになっても、それでは物語の説得力など皆無に等しいでしょう。平和な日常があって、その日常が引き裂かれるからこそ、こういうのの話は盛り上がるわけですから。
 また、いざ事件が起こった後であったとしても、「平和」と「恐怖」を揺り動かすポイントというのが非常に重要で、「ずっと恐怖」であっても「ずっと平和」であっても物語というのは破綻してしまうものなのです。
 と云うところで、ようやく話は『鎖』の話に戻ります。この『鎖』が優れているのはその揺り動かし方で、このへんでそろそろ動かしたほうがいいかな、という非常に効果的なポイントできっちりと動きがあるわけです。
 例えば冒頭部分。平和な日常が描かれ、そろそろなんだか平和すぎるなと思ったところで徐々にそれが暗転していき、一つのイベントによって一気に急転直下するわけですが、このあたりの動かし方は本当に見事というほかはありません。
 ここで大切なのは、プレイヤーである我々は、細かいネタバレは知らないにせよ、「そういう作品だ」ということを知ってプレイしているわけですから、「この先なにか事件が起こる」ことを漠然と知っているわけです。が、反面、作品の中にいるキャラクタは、主人公を含めてそんなことを知っているはずはありません(もちろん犯人を除いて、ですが)。
 ということは、プレイヤーと自分を同一視させながらも、なおかつその間に感情の乖離が発生する、ということです。
 ここが非常に大切なところで、キャラクタたちが事件が起こっていることを知っているなんていうのは論外ですが、物語の中にプレイヤーを引っ張るためには、一度その「この先事件が起こる」ことを忘れさせる必要があるわけです。しかも、プレイヤーが平和な日常に飽きない程度に長くない時間で。
 この仕掛けに失敗していることで佳作になってしまっている作品は多々あるのですが、この『鎖』では、「森の中に木を隠す」手法でこれをクリアしています。
 最初に平和な日常が描かれるのですが、それは本当に冒頭部分だけで、いきなり「どこか怪しい人物」である岸田を登場させます。これはまあ、物語の必然である以上は仕方がないのですが、この岸田が「何かをやる」ことを全体的に匂わせるわけですね。全体的に、というのは、プレイヤーを含めてキャラクタ全員にということです。その時点で、(これは冒頭部分のエピソードで、ネタバレではないと思うので書いてしまいますが)岸田が殺人を犯したであろうことはプレイヤーには情報として与えられますし、そこまで具体的でないにせよ、キャラクタたちが岸田をどこか怪しんでいるということもまた情報として与えられるのです。
 これによって、「岸田が確実になにかをやる」という強い「情報」をプレイヤーは持ち、「岸田はなにかをやるかもしれない」という「疑い」をプレイヤーが持っている状況が作られました。
 こうなれば、プレイヤーはキャラクタよりもさらに強い確固たる情報を持っているわけですから、あとはキャラクタが動きをそういう方向に自然と持っていってくれます。「何かが起こる確信を忘れる」わけではなく、「何かが起こる確信に対して身構えなくなる」のですね。ここで事件がどんと起きるので、プレイヤーにとっては知っていることであるにも関わらず(そして、犯人は自分の中で確定的であるにも関わらず)、いくばくかの意外さのような感情が湧いてくるわけです。犯人は誰だ、という興奮は皆無に近くなりますが、それを捨ててでもスリルを取ったのはある意味で成功だったと云えますでしょう。
 こういう揺り戻しが作中のあらゆるところで使われます。ある場所へ行った、ここには何もない。よかったと安心して戻る。やはり何もない。物音がする。何もない。さっきいた場所で事件が、といった具合ですね。平坦ではなく、急に突き上げが来たり、はたまた流れが乗っているところでは連続で揺れが来たりするので、展開に飽きることがありません。展開そのものがまったく読めないのです。
 それならば物語そのものについてはどうか。これも素晴らしい……と云いたいところなんですが、これがちょっと難しいところで。
 いえ、話の中身はいいんですよ。上にも書きましたけど、ほんとにあちらへこちらへ連れてかれて飽きない展開ですし、エンディングもなかなか。ただ、キャラクタの行動付けにちょっと無理があるような気がすごくするんです。
 例えば、アダルトゲームだから仕方がないとは思うんですが、当然エッチシーンがあるんですよ。それはいい。いいんですが、例えばこれから岸田と直接対決しに行こうというときに思いついたようにエッチしたりするのはやっぱりどこか間違ってます。物音がしたからちょっと見回りに女の子と二人で行ってそのままエッチとか。こちらとしては相手がどうくるのか身構えてるときにエッチされてもなあと。
 人を殺す、という行動についてもそうでしょう。これはちょっとネタバレに近くなってしまうのであまり細かくは書きませんが、普通に生きていた人が「人を殺す、殺さなければ殺されるかもしれない」という状況になったときのことであるとか、それでどうあれ人を殺してしまったときにどうするか、どうなるか。このあたりがちょっと軽すぎる気がするんですね。むしろわたしは、ここにものすごい違和感を覚えます。
 ある種、これも一つの重要なポイントになっているであろうことは想像できるだけに、ここはもうちょっと書き込んであってもよかったんじゃないかなと。いえ、もちろん、わたしもそうですし、シナリオライターの人だっておそらく人を殺したことはないでしょうから、実際にどうなのかもどうなるのかもわかりませんが。
 そんな中で一つ異彩を放ちながら、なおかつ行動に納得できるのがちはやのシナリオ。これはほんとに凄いです。
 なんと云うか、狂気そのもの。極限まで追い詰められたとき人はどうするか、どうなるか。もちろんそれは実際にそうなったわけではありませんし、わかりません。わかりませんが、こうなるか、と思わず絶句するとともに本気で怖くなります。
 ちはやを無邪気なキャラクタにしたのもそういう意図があってのことなのでしょう。同じようなシチュエーションを描くのであればもっとさまざまな書き方があると思いますが、その中でシナリオライターがこの結末を意図的に選んだのだとすれば、もうなるほどとしか云えません。
 感動して泣くとか、鬱がどうだとかそういうあれではありません。はっきり云って、このエンディングだけは他のシナリオからははっきりと浮いています。ですが、それだけに変に印象に残るものになっています。こればっかりはなかなか伝わりづらいというか、見てもらうしかないんですが。
 基本的には女の子にひどいことをするのがメインの「凌辱ゲーム」ジャンルなので、なかなか気軽にお勧めするのもアレなんですけど。あとバッドエンドでは容赦なく血とか出るのでそういうのが苦手でもキツいかも。エロシーン含めて表現は結構エグかったりしますから。
 でも、そうじゃなくて、なおかつこういうサスペンスホラーみたいなノリが好きなら手放しでお勧めできる作品です。油断すると何時間使ってでも一気に読みたくなる魔力がありました。
 ただね、最後に一つだけ。直接的に関係ないにしても軽いネタバレでもあるのでそういうのいやな人は読み飛ばしてください。
 仰向けにパイプ固定金具で固定された明乃が次でうつ伏せになってるシーンがあったけど、あれどう考えても物理的に不可能だろうと思うんですが。しかも「絶対外れない」はずなのに特にそういう描写もなく簡単に外れてるし。
 実はこういう按配で説明が不足していたり、ええ、どうして?と思う展開も結構あるんですよ。他のところが悪くないだけに気になるところではあります。

<CG>
 微妙かもしれないです。個人の好き好きがあるのでなかなか難しくはあるんですが、結構安定してない感じがするような。特に明乃なんかは、立ち絵とイベント絵で顔立ちが違って見えるくらい不安定です。塗りとか背景とかは描き込まれててすごくいい感じではあるんですが。
 対照的に、珠美は安定して可愛かったかな。あんまりイベントCG多くないのが欠点ではありますが。血の描写は妙にリアルなので、苦手な人は覚悟して臨んだほうがいいかもしれません。

<システム>
 通常のアドベンチャーシステムです。「アイテム」という要素があるんですが、これはいわゆる「フラグ」をよりわかりやすくしたものであるという感じでしょう。『月陽炎』や『Clover Heart's』のそれとよく似ていますが、ゲームを超えて持ち越せるものではありませんから根本的に違う姿勢のものです。「ここを通ってきました」という証ですね。
 とにかく軽いので、動作にストレスはありません。スキップも高速ですし、セーブポイントも多いです。ゲーム自体、ちょっとするとバッドエンドで終わってしまう結構な難易度ですので、セーブポイントの数は結構必要になると思うんですが、それでもこれだけあれば必要にして十分でしょう。
 基本的には非常にオーソドックスな、一般的なシステムではあるんですが使いにくさはありません。マウスカーソルを画面下に持っていくと、自動的にメッセージウインドウが消えたりするのもまた親切設計ですね。
 変り種として「Information」があります。これ、ゲームの中でそのシーンの場所が移動したりすると画面右端でアピールし、出ていないときでもマウスカーソルを右端にあわせると見られるものなんですが、これをクリックすることで、現在持っている「アイテム」と、現在のシーンが行われている「場所」を見ることができます。
 直接的に役に立つかはともかく、我々の感覚ではなかなか掴みづらい船の構造をビジュアルで把握できるという意味では非常に便利です。

<音楽>
 主題歌二曲。特にエンディングの「星座」は名曲です。作風が作風ですから、この曲のどこか寂しげなところが見事に合っている感じ。一度聴いただけではなかなかぴんと来ない感じがするんですが、何度か聴いているうちに妙に耳になじんでくるんですね。歌い方もへんに透明感があって、確かに名曲なんですがどこか不安になってくるような感じもあります。
 劇中曲もなかなか力が入ってます。基本的には作品のノリがあるので不安を煽る調子のものが多いんですが、中でもカッコイイのが「ACROSS THE SEVEN SEAS」。妙に勢いのある曲で、かかる場所が場所なだけに結構盛り上がる曲でしょう。のんびりした「FOREIGN BREEZE」も気に入ってるんですが、ゲームの前半を超えるとほとんどかからなくなってしまうのが残念です。ある意味で仕方なくはあるんですが。
 声はフルボイスです。男や主人公も含めてすべてに声入り。こういう作品の場合は、このほうがいいんじゃないかと思います。
 男の声というのはなかなか賛否両論ではあるものの、主人公とプレイヤーが別の人格を持っていて、なおかつその前提の上で話を見せるのであれば、「女性のみフルボイス」はやっぱりおかしいです。主人公の声もちゃんとキャスティングするというのはなかなかに英断な気もしますが、これのおかげで話の盛り上げどころにはきっちりその効果が出てます。しかもこれ、結構有名な人なんじゃないかな。なんだかどこかで聞き覚えがあるような気が。
 女性陣の声は結構微妙な感じも。珠美あたりは安心して聞いてられるんですが、危なっかしいのは可憐。お嬢様っぽくしようとしてやりすぎちゃってる感じがするんですよね。なんか昔の宮崎駿のアニメから何かを引いたような感じと云うか。自分で云ってて、例えとしてむちゃくちゃわかりづらいですけども。

<総合>
 たぶん、キャラクタの行動についてのところがひっかかりはするものの、基本的にはすごく良作だと思います。
 ただあともう一点、シナリオのところではあえて書かなかったんですが、キャラの設定もすごく中途半端で印象に残りづらいかもしれません。これはもう、その設定自体がある種典型的というか、非常にお約束のキャラ設定なのが原因でしょう。
 しかし、これはまあ別の云い方をすれば「わかりやすい」とも云えるわけでして、必ずしも悪いばかりではないんですが、じゃあキャラクタに思い入れられるかと云われるとちょっと微妙かなと云わざるを得ません。それでも、先に挙げたように展開の妙はありますので、やってるときはキャラクタも含めてしっかりと把握できますので、作中に誰が誰だかわからなくなるほど印象が薄いということはないです。
 もっとも、この作品の場合、変にキャラクタに思い入れちゃうと逆に辛いかもしれません。やってみるとわかるんですが、「全員にエンディングがある」わけじゃないんですよね。女性キャラ6人のうち、そもそも1人についてはそれ独自のルートというのが存在していません。他のキャラクタについても、結構救われない終わり方をするものも多々あります。
 これもまたシナリオの項では触れなかったんですが、この作品、一人のキャラクタのエンディングに入ると、その特定のキャラクタ以外のキャラクタについてはほとんど触れられなくなります。
 例えばある子と無事に岸に帰りついたという終わりがあったとしたら、それ以外の5人についてはどうなったかまったくわからない。触れられすらしません。否、触れられる場合もあることはあるのですが……それはちょっと条件が特定のものになってくるので、それはそれでまたちょっと変わってきます。
 このへんもまた、妙にエンディングやキャラクタがあっさりしている印象を受ける原因なのだと思います。まあ、それがゆえに、異彩を放ちまくっているちはやのルートがあまりに特殊に思えてくるわけなんですが。
 Leafの漢字一文字の作品と云えば、往年の名作『痕』『雫』を髣髴させますが、なるほど凌辱云々というところでもそうですし、犯人ないしは絶対的な恐怖の存在をわからせた上で話を進める手法においても、これは一種後継者なのかもしれません。
 しかし、あの二作の場合はキャラクタのインパクトにおいても絶大なものがありました。それは一人一人のパースナリティであったり、はたまたストーリー展開であったりいろいろなものがあったのでしょうが、『鎖』にはそのインパクトだけが欠けているような印象はあります。
 とはいえ、ストーリー展開については本当に文句ありませんから、凌辱ゲームという言葉に抵抗がなければ楽しめるでしょう。実際、わたし自身も一気に全部やってしまうくらいにのめりこんでいたわけですから。
 ……でもこれ、結構いろんなシーンで映画『タイタニック』を意識してるよなあ。音楽の「MARIA」とか、いろんな意味ですげーなと。

2005/10/9

戻る