はるのあしおと(minori)
項目 | シナリオ | 絵 | システム | 音楽 | 総合 |
ポイント | 3− | 4+ | 4+ | 5 | 7− |
シナリオ:鏡遊/北川晴/御影
原画:KIMちー/庄名泉石
音声:フル
主題歌:有(オープニング:『春 〜feel coming spring〜』/エンディング:『素敵な未来を』『笑顔の約束』『Be catch!』『Engagement」)
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<シナリオ>
東京に出たものの就職先も見つからずに田舎に帰ってきたところで、叔父から地元の学園での臨時教員の話を受けた主人公。戸惑いながらもその話を引き受けて……というような話。主人公や周りの人々の葛藤と成長と云うような類の、ごく普通の恋愛ドラマであると云えますでしょう。まずそういう観点からすれば、実によくできた物語です。
なにかを作るときに最初に決めなければならないのはおそらく「テーマ」というやつでしょう。
そして逆にテーマが決まってくると、別のディテールも自然と決定していくこともまた少なくありません。それくらいこのテーマというのは大切なものなわけです。
物語においてもそれはまったく同じことで、おそらくこの作品が目指したところはそういうところ……つまり、「普通の物語」であり、感動的な超大作ではありません。
別にスタッフに知り合いがいるわけではないので、ありません、と断言してしまう根拠などまったくないのですが、少なくとも一通り終わらせてみたところではそんな印象を強く受けます。
普通に成長して、最後に普通にみんなが幸せになるハッピーエンドがあるというひとつのドラマですね。ここに無理に感動とかお涙頂戴みたいな話を持ち込もうとするといろいろなことがおかしなことになってくるのですが、そういうところではなくて、エンディングの位置付けをあくまでも物語のエピローグとして存在させているところが非常に大きな特徴で、あくまでも、物語を物語として語ることに大きな意味をもたせているわけです。
物語を物語として見せるというその基本概念はさまざまなところに生きています。
この作品では主人公が完全に固定になっていて名前を変えることもできませんし、もっと云えばゲーム自体の選択肢も非常に少なくて、そういう意味ではほぼ完璧に一方通行のノベルでしかありません。
つまり、主人公の意思とプレーヤーの意思というのはまったくシンクロしないようになっているのです。
プレーヤーの視点と主人公の視点はまったく別で、プレーヤーからすれば第三者と第三者の話を見る感覚になります。
つまるところこの作品においてのプレーヤーの立ち位置は、意図的に隠された物語のコアな部分以外、主人公が知らない会話、知りえないことを含めた事実を知っている「神の視点」を与えられた存在です。
この作品の巧いところは、その視点を見事に活用しているところだと思います。
例えば女の子が二人と主人公がいて、主人公がいないところで女の子二人の間で交わされた会話、というのがあったとしましょう。
そこにある会話に主人公が介在していない以上、(たとえその会話の中で話題になっていることが主人公のことであったとしても)主人公はそこで交わされた会話の内容を知る由はありませんし、知っていてはならないことです。
ですが、この作品のように主人公とプレーヤーがイコールで結ばれない場合、プレーヤーがそれを知っていることに無理はありません。ありませんが、それをただ「知っている」だけでは、物語はただ破綻に向かうだけです。
この作品はそこが絶妙なバランスで支えられています。プレーヤーに与えられた情報が主人公よりも多いことで、主人公の行動の不自然さが打ち消されるようになっているのです。
ゲームの主人公と云うのは段階を踏んで進行させる必要性から、行動に不自然なところがどうしても出てきてしまいます。
例えばものすごく積極的に女の子が主人公のことが気になっているというメッセージを示しているにもかかわらずまったく気が付かない、なんていうのはよくあるわけですが、あれはちょっと考えれば実に不自然であると云うことはすぐにわかりますでしょう。
この作品の主人公もそうです。やはりものすごくわかりやすいメッセージを受け止めることなく進んでいき、それを「朴念仁だから」という性格の問題で片付けられているに過ぎません。
なのですが、ここで巧い具合に「女の子側もその気持ちに迷いがある」ということをプレーヤだけに知らせることで、その不自然さをあまり感じさせない錯覚を起こさせています。
こういう工夫が随所に見られ、結果として読後感は心地のよいものになっているわけです。
ただ、これはまたいくつかの問題がないわけではなくて、一番大きいのは物語の中の起伏がなくなってしまうことでしょう。
そうでなくても普通の恋愛や成長を描いた物語である以上、どうしても物語的なヤマが目立たなくなりがちなのですが、この作品は特にそれが顕著です。
物語の流れだけを追っていくとものすごくいろいろなことがおきているはずなのですが、行動の不自然さが消えているために今度は事象の不自然さが目立ち、リアリティがなくなってしまうわけです。
ここで云う「リアリティ」というのは、現実にこんなことありえねえよと云うようなリアリティではありません。アダルトゲームにそういう意味でのリアリティを求めるなど愚の骨頂です。
ここでの「リアリティ」というのは「物語的リアリティ」のことで、例えば都会育ちの人が田舎の景色を見て故郷を想像するような、「作られたリアリティ」のことに他ならないことはまず前提として置いておかねばなりません。
それがもっとも顕著なのは和のシナリオでしょうか。悠のシナリオもそういう傾向が強いのですが、発生している事件が基本的にひとつの事象のリフレインであることも災いして、驚くほど起伏のない物語になってしまっています。
意図的にかどうかはわかりませんが、基本的に伏線のない一本道な話になってしまっているのも原因かもしれません。なんにせよ、読んでいる途中にダレてくる部分はなかったわけではありませんし、ひいてはどうしても印象に残りづらい作品になってしまう気はしました。
あとキャラクター。このあたりの書き方も基本的にすごく魅力的に書かれていて、サブキャラの教頭代理なんかもイヤミのないいいキャラクターだったりするのですが、時々全体的に妙に口語っぽくない説明的な台詞が混ざっているところがあってそのへんも気にならないではありません。
エッチシーンは入り方は不自然な感じもしませんし、分量的にもそれなり。使えるかどうかはその人の趣味次第と云ったところですが、まあ悪くはありませんでしょう。
<CG>
全体的にキャラクターはとにかくロリっぽい感じ。
ロリキャラがロリっぽいのはあたりまえなのでそれはそれでいいのですが、そうでないキャラまでロリっぽく見えるので、苦手な人はこれが若干鼻につくかも。個人的にはさほど抵抗もなかったのであれですが、確かにそれがあまりに強調されるのもどうかなあというのはないわけではありません。
背景とかの雰囲気の作り方は非常に巧いですし、「システム」のところで詳しく紹介しますが、絵の使い方がとにかく巧いので基本的に文句はありません。
<システム>
ゲームシステムそのものは別にスキップもできるしバックログでの音声再生もできるしと普通に「使えるシステム」なのですが、そんなことよりもなによりこの演出面。これですね。
絵の使い方の秀逸さはほかに例を見ません。
例えば主人公と女の子二人、三人で会話をしているシーンがあったとしましょう。普通のアダルトゲーム的手法だと、背景に女の子二人の立ちキャラを画面に並べてそれで終わりなわけで、今まではこれでなんの疑問もなかったわけです。
この作品でもそういう手法を使っているところは圧倒的に多いのですが、しかしそれとは別に、画面全体をひとつのシーンの演出として使う方法が使われます。
上の例だと、主人公と女の子二人が、背景の中にきちんと存在している一枚絵として表示されるのです。
なかなか説明として難しいのですが、いわゆるエロゲーにおける「背景」というものは、あくまでもその上に立ちキャラを重ねるためだけに存在しています。ですが、この作品ではその背景の中に(主人公を含めた)キャラクターが直接書き込まれるのですね。
これのおかげで、主人公や女の子がどんな表情で喋り、どんな表情で話を聴いているのか、またはどんなポーズで話をしているのかというのが印象として残るのです。
このへんの感覚は、従来のアドベンチャー式ゲームではなくてむしろアニメのそれと近いです。これがフルアニメーションだとまた別で、そこまでやってしまうとまたちょっと違うのではないかなあという気がするのですが。
なんにせよ、背景の上に重ねた立ち絵というのは、あくまでもそこにキャラクターがいるのだという記号と記号の組み合わせでしかないのですが、この「はるのあしおと」のシステムでは、その背景の中にごく自然にキャラクターたちが存在しているような印象を受けます。
手間もかかるとは思いますが、ゲームの雰囲気を大切にするという意味で、これはちょっと一般的なゲーム演出を超越したところにあるような気がします。
セーブポイントは山のようにありますが、なんせ選択肢は通しで4個しかないので2つもあれば十分でしょう。
取っておきたいシーンがある人には重宝すると思いますし、ポイントポイントで自動的にセーブしてくれるオートセーブ機能のおかげで極端な話セーブしなくても大丈夫です。
<音楽>
悪くないです。唄モノは各キャラクターのエンディングごとにそれぞれ別の曲が流れたりもしますし、オープニングの唄は本当に名曲。決してにぎやかなどんちゃんした曲ではないのですけれども、聴いてるだけでなんだか楽しくなってくるような不思議な魅力があります。
もっとも、わたしの場合はこの唄が購入のきっかけになっているくらいだから相当に贔屓目が入っているのですがそれはともかくとしても、劇中曲含めてクオリティは高いと思います。
あと声。こちらについても文句ありません。イメージと大きく外れている人もいなければ、演技力の問題でそりゃないだろうという人もいません。
まあ、あるキャラのシナリオにのみ登場する主人公の過去時代の男子生徒三人組が揃いも揃って素人くさいというのはあるのですが、ほんとにチョイ役ですし割とどうでもいい感じなので別にいいです。
ゆづきなんかは難しそうなんですが、見事にこなしているなあという印象ですね。
あとなんだか結構ものすごくメジャーな人が出演している気がするのですがわたしの思い違いですか。叔父さんとか智夏とか。
<総合>
全体的にちょっと小粒な感じでしょうか。全体的な雰囲気の作り方は本当に巧いので、このあたりにもうちょっと拘って作ってくれたらとんでもない名作になったのではないかなあ、という気がしてならないのですが。
返す返すも、悪い作品じゃありません。
物語もしっかりまとまっていますし、この雰囲気が好きならばやってみて損はしないでしょう。
でも、じゃあこの作品の物語やキャラクター、雰囲気を一ヵ月後まで覚えているかと云われると、たぶん覚えてないだろうなあ、と。そういう印象の薄い物語にまとまってしまっているのが残念でならないのです。
2003/8/8
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