あした出逢った少女(MOON STONE)

項目シナリオシステム音楽総合
ポイント3+4−6+
シナリオ:呉
原画:青桐静/みずきほたる/鷹野みすづ/影風
音声:フル
主題歌:有(オープニング:『夏の羽音』)

<シナリオ>
 記憶喪失になった主人公がふと気が付いたのは、静かな田舎、高千穂村。そこで彼は従姉であるという女性の案内の下、橘高家という大きな家でしばらく暮らすことになる。そんな最初は平和だった日常が、やがて凄惨な殺人事件をきっかけに大きく変わっていく……というストーリー展開です。
 もうなんというかまた記憶喪失かよとうんざりしてしまうほどの記憶喪失フィーバーなこの手の物語ではあまり斬新さは感じませんが、しかしそれが故にごく自然と物語の中に入っていくことができます。
 まず形式は、一時期は雨後の筍の如く増加しまくったものの、やはり演出効果の派手さに欠けるのがわかってしまったせいか最近は若干少なくなってきた「ビジュアルノベル」形式です。
 この形式では文章のテンポの悪さというのはもう取り返しのつかないマイナス要因になってしまうのですが、この作品においては少なくともその心配はありません。わりと難しいふうなことも云うのですが、それとて読みやすく理解のしやすい文章であると云えますでしょう。
 難しい云いまわしをあえて積極的に使おうとしているらしく、ところどころにアバンギャルドな文章があったりもしますし、このシナリオライターさんのクセなのかあえてそうしているのか、主人公が思ったことの描写を地の文に改行せずに続けて()で括るというちょっと面白い文章展開が目立ったりもしますが、基本的には悪くはありません。
 精神を病んでしまったという設定の人間の手記がところどころに挿入されるのですが、これなんかはその「狂った」感じが実に巧く出ていて読んでいて空恐ろしくなります。
 物語そのものは、最初からポイントが要所要所にあって、それがきっちりしたバランスでちりばめられているため、物語途中で提供されたひとつの謎に対してこれはどうなるんだろうと次が読みたくなる見事な展開に引き込まれます。
 これが本当に巧くて、なんというかどんどん先が気になって仕方がなくなってくるのですね。殺人事件が起こるまでとそれまでの日常描写のバランスも絶妙で、殺人事件をきっかけに壊れていく日常というのが見事に表現されています。
 まさに「良質のエンターティンメント読み物」という感じで、すんなりと読めてそれが素直に楽しめる、という意味合いにおいてはかなりのものです。
 なのですが、この中身はどうも今ひとつ乗り切れていません。これはまあ細かく云えばいろいろ原因はあるのですが、さしあたり一番目立つのが、主人公や主人公の周りの人々の行動や心境にあまりに無理があるということです。
 これは、推理サスペンスものとして考えた場合は致命的な欠点にもなりえます。推理ものというのは、結局のところ物語の展開そのものと同時に読者に犯人はいったい誰なんだろうと推理させることでひとつの楽しみを提供するわけですから、これはつまり自然に見せかけられた登場人物の行動の中に埋め込まれた不自然を探し出すという行為でもあるわけです。
 その中、本来自然でなくてはならない行動や心境に不自然が混入するというのは、結果として物語を破綻させてしまうことにもなりかねません。
 この作品はどうしてもそういうところが目立ってしまうのです。細かいことを云ってしまうとネタバレになってしまうのであまり詳細は触れずにいけば、例えば人が死んだそのすぐ横でにこにこ笑いながらあなたが好きだったみたいなことを云ってしかもエッチをしてみてそこからの帰りも学校の帰りにお付き合いしている女の子といっしょに帰っているのですみたいなノリだったり、同じ学園の女の子二人が殺されてさらにもう一人が行方不明になったのに警察は事情聴取とかすることもなく「どうせ家出人扱いなんだろう」みたいなことを主人公が思ってみたり、ある女の子が車で連れ去られたところを主人公が目撃しているにも関わらず「あの子は家出かもしれない」なんてことを思ってみたり……枚挙に暇がありません。
 まあ、ひとつの完成された物語の中で、アダルトゲームであるという性質上用意されねばならなかった「個別の女の子のシナリオ」に関してはどうしても仕方がないという面もあるのでしょうが、なんとなくこれはあんまりじゃないかなあと。
 さらに、この作品は物語の展開上、「現在」と「過去」のシーンがかわるがわる展開します。「現在」のシーンがちょっとあっていきなり「過去」になったりするものの、基本的にはまったく同じような話が続きとして続くので、最初はなんのこっちゃわからない、ということになると思うのですが、クライマックス近辺にそれがどういうことなのかというのが説明されるという仕組みです。
 これはなかなかタネがわかると面白いのですが、普通に読み進めるという点ではちょっとわかりにくいです。先にも書いたように文章そのものはわかりやすいのでまだいいのですが、それでもこのへんはちょっとじっくり読んでいかないと(つまり、「現在」と「過去」の微妙な相違や同一点などをしっかりと把握しておかないと)最後のタネあかしの時に盛り上がらないということになってしまいかねません。
 まあ、一度目を現在に、二度目を過去に、三度目を総合になんてことをやってしまうとどうしてもこの作品におけるテーマの魅力が薄らいでしまうので仕方がないのかもしれませんが。
 と、どうしてそういう「現在」「過去」なんていうややこしいことをしているのかというタネについては非常に面白いんですが、その物語の結末……つまり、どうしてそういう事件が起きてどういうカラクリだったのか、という点についてはそれほど意外性はありません。と云うよりもいくらなんでもそんな直接的な結果はないだろうという感じもします。
 例えて云うならば、推理サスペンスものでいろいろな殺人事件が起きて、わかった結末が「ここは昔戦場で多くの人が死んだのでそのたたりで死んだのです」と終わってしまったような感じ。そりゃたしかにそういうこともあるかもしれないけどそんなの無敵の理論じゃんか、というようなあんまりな展開であるという印象は否めませんでした。
 しかしそれでも作品を物語として面白いものにしているのは、物語の中に引き込むために張り巡らされた伏線を、ひとつ残らずきっちり回収しているからではないかと思います。
 この作品は、導入部から大きなものから小さなものまでガンガン伏線が張り巡らされます。読者側にどんどん謎を提供しつづけるわけですね。
 それによって読み手は物語のなかにその謎を通して興味を持ち、引き込まれるのだ……というようなことは既に先に書いた通りです。
 この作品の場合、「現在」「過去」で同じような行動が続き物として存在している点、主人公の記憶喪失、主人公の見ている空の色……など、導入の時点で数点の「謎」があります。
 それ自体は決して難しいことではありません。
 伏線をバラ撒いて物語の世界へ引き込むというのは、ある意味で物語を構築する上では基本事項です。
 しかし、この伏線を曖昧にしたまま終わらせたり、はたまた難しいエピソードでニュアンスだけを伝えて終わりにしてしまうというのでは、張った伏線に意味はありません。それどころか、最後に物語を終えた段階では、なんとなく後味の悪さを残すだけのマイナス要因にすらなりかねません。
 この作品の場合は、この伏線がきっちりと綺麗に回収されています。まあ、先にも書いたようにその回収された結末というのに少しばかり納得のいかないというかそれでいいのかと突っ込みたくなるものもあるのですが、この「過去」「現在」の二つのシチュエーションにおいての立場や結果の相違などにおいて、どうしてこれがこういうことになったのかということまできっちりと片付けられているのです。
 何気ないことですが、これがあるだけで物語が終わった後の読後感というのはだいぶ変わるのだということを改めて実感しました。
 その結論は「考えオチ」だとかなんとかというようなわかりにくいものではなく、物語としてすんなり受け入れられるようなわかりやすいものです。ボリュームは時間で考えると想像していたより少し短いかなという気はしましたが、そういう読み物として考えれば妥当な量であるかもしれません。

<CG>
 一枚絵は基本的には綺麗なのですが、原画家さんが複数人いるらしく時々別人かよと突っ込みたくなるようなアバンギャルドな絵が混じります。主人公の誕生会の時の食事のシーンとかなんか凄いことになってる気が。あと立ち絵も、梨佳あたりは髪の毛がなんかえらく硬そうだし……実に微妙な感じではあります。
 背景は全般的に綺麗です。田舎町を舞台にしているということもあって基本的には緑の多い景色なのですが、このあたりは実に良く描き込まれています。

<システム>
 メッセージスキップや音声を聞くこともできるバックログ閲覧など、一般的なことはきっちりできる可も無く不可もないビジュアルノベルシステムです。ただ、画面の演出なんかはものすごく綺麗で、スキップしようと思えばスキップもできる親切設計なのは嬉しいですね。ただ、できれば右クリックでセーブ・ロードのメニューくらいは出せるようにして欲しかったところではあります。これのせいでセーブやロードのときは少し面倒かもしれません。
 また、フォントの変更ができるので、ディフォルトの「MSゴシック」よりはせめて「MS明朝」にしてしまったほうが雰囲気的にはいいかもしれません。あと、文字が見づらいので、「縁取り」は必須です。というかこのテキストの縁取りはディフォルトでオンにしておいたほうがいいと思うのですが。

<音楽>
 歌モノはそうでもないですが、劇中曲はわりとのんびりした名曲が多いです。シーンによってかなり有効に使われているので、演出の音楽としてはかなりのものであると云えますでしょう。
 音声は男性やサブキャラ含めたフルボイス。これも悪くありません。この手の作品としてはやっぱりこれのほうがよいでしょう。特に早苗や美里の声あたりは実に絶妙な感じですね。逆に倫はちょっともうひとつ。まあ、後半ではなんとなく慣れてくるんですが、どこか演技っぽさを感じないではありませんでした。
 あともうひとつは効果音。この作品、効果音がとても有効に使われています。夏の蝉の声や夜の梟の声など、のんびりしたシーンではのんびりした雰囲気が、恐怖のシーンでは恐ろしい雰囲気が、音楽の巧さとあわせてきっちりと演出されている印象を受けました。舞台に引き込まれていくのは、シナリオだけでなくてこういうところにも原因があるのかもしれません。

<総合>
 全体的にどことなく『痕』を思わせる展開やシチュエーションではあるものの、あんまり深い内容を期待するとアレっと思うかもしれませんし、ある意味でこの手のサスペンスものとしては反則ギリギリの結論かなあという気はしないでもないのですが、それでも「考えながら読んでいて楽しめる」物語であることは間違いないでしょう。
 シナリオの項目でも触れましたが、世界観の演出のためだと思うのですが少しばかり難しい言葉遣いを意図的にしているのだろうと思うので馴染まない人は徹底的に馴染まないかもしれませんが、それでも決して文章そのもののテンポを阻害するような読みづらい文章ではありませんのでそのへんは素直に楽しめるのではないかと。
 まあ、絵と雰囲気が気に入ったら、触れてみて損はしないという一作だと思います。

2003/10/01

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