あかね色に染まる坂(feng)
項目 | シナリオ | 絵 | システム | 音楽 | 総合 |
ポイント | 4+ | 4 | 3+ | 4 | 8+ |
シナリオ:サイトウケンジ
原画:和泉つばす/涼香/なちゅらるとん
音声:フル
主題歌:有(オープニング:『せつなさのグラデイション』/エンディング:『あかね色に染まる坂』)
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<シナリオ>
主人公・準一のもとに、突然転校してきた優姫。実は彼女は彼の許婚で、その結婚をめぐって巻き起こるさまざまな陰謀に彼らは奔走することになる……といった物語展開。メインになるのはこの優姫との話ですが、ほかの攻略キャラクターとの話になってもさほどこのメインのテーマから外れたものになるではなく、ミコトを例外としてそれを取り巻くキャラクタたちとの恋愛模様を描く感じの展開になります。
まず最初にこの作品の特徴は、とにかく冒頭の引きが上手いこと、でしょうか。
こういった学園モノのストーリー展開としては、最初は普通のなんでもない日常を描き、そこからだんだんと物語が進行していくにつれて盛り上がってくるという展開になるのが一般的です。
ということは、物語が盛り上がってからはともかくとしても、物語が盛り上がるまで……つまり、日常のシーンの描き方によっては、どうしてもそこに行き着くまでに飽きられてしまうシナリオ展開に陥ることも多々ある、ということです。
これはいわゆるアダルトゲームを構成する物語すべてにおいて云えることではあるのですが、しかしとりわけこの学園モノというジャンルにおいては顕著です。
他のレビューでも書いたことではあるのですが、しかしこれはどうしても物語構成上必要な要素であるがゆえに難しいものでして、たとえばこれがあまりにもおざなりなまま「事件」が起きても、プレイヤはキャラクタに対して何の思い入れも持たないまま「事件」に突入してしまうことになり、結果としてどうしても印象として薄くなります。
それはちょうど、たとえば連続殺人事件がおきるようなミステリにおいて、次々と殺されていく人が主人公たちと何の面識も関係もない人ばかりというような話を思い浮かべていただければ想像できると思いますが、日常の生活においての説明が不足したまま物語が「事件」に突入してしまうというのでは、どうしてもプレイヤが物語に感情移入しづらくなるというのはこれは無理からぬところでしょう。
つまり、日常の描写というのは、物語をプレイヤと近づけるため、どうしても必要なものであるということになります。
しかし、物語においてこの日常描写が逆に長くなりすぎた場合、ちょっと問題が起きてきます。日常描写というのは、逆に云えば「何も起きていない状態」のことですから、主人公とキャラクタたちがくっつくでも離れるでもない単なる生活を切り取っただけの説明であって、これが長くなって「事件」がなかなか起きない物語というのは、その「事件」に入る前にプレイヤを飽きさせてしまいます。先のミステリの喩えで云うのであれば、これから殺されるべき人とはどんどん知り合いになるのだけれど、なかなか殺人が起きないミステリというのを想像していただくとよいでしょう。
ただし、日常描写イコール退屈な物語であってもよい、ということではない、ということは留意していただく必要があります。これはまあ、後にちょっと触れるとして、とりあえずはおいておきます。
で、それならばこの日常描写というのはどうすればいいのかということになるわけですが、もちろんバランスよく配置されているに越したことはありません。
ただ、これもまた手法としていくつかありまして、ちょうど『秋桜の空に』がやったような手法……つまり、日常のシーンそのものを破綻ギリギリのラインにまで持ってきて笑いに昇華させ、それを以って日常シーンを退屈させない、という方法がまずひとつあります。
ただし、これはかなり特殊な手法であることは云うまでもないでしょう。事実、これで成功している作品というのは、それこそ『秋桜の空に』のような作品くらいしかありません。あるいは『Kanon』などもそうだと云えるかもしれませんが。
もうひとつの手法として、少々ややこしい云い方になるのですが、日常の中に非日常を少しずつ織り交ぜ、物語展開の中でその日常・非日常を徐々に入れ替えていくという方法論があります。
これが先に書いた「日常生活と退屈な物語がイコールになるかならないか」ということにかかってくるのですが、日常生活という云ってしまえば退屈な物語の中に、非日常というパーツをマージしていく手法です。
ただし、非日常というのは云うなれば物語の核心ですから、それを早く明かすということは場合によっては物語の底を早いうちに見せてしまう可能性も出てくる、ということになります。このバランスが、「日常を退屈な物語にしない難しさ」なのです。
と云ったところでこの作品『あかね色に染まる坂』です。
この作品、日常を書く中に、いきなり根底とも云える「非日常」を放り込んでくることで、その退屈さをなくし、物語への「ヒキ」を非常に強いものにしています。ヒロインである優姫が許婚であるということよりも先に、この二人の関係が何か強大な力によって動かされようとしている、ということを最初にしっかりと伝えてしまうのです。
このあたりのバランスは絶妙で、プレイヤは「これからどうなるんだろう」という思いから、話の先がどんどん気になっていきます。さらにそこには何事もない日常を描きつつ、その二人を突き動かそうとする物語の非日常を溶け込ませているので、「読みたい」と思う動機が非常に長続きするのです。
これは文章のテンポの良さにも起因するものでもあります。ギャグが微妙に狙いすぎていてちょっと滑ってる感じがするものの、基本的に読みやすくて心地よい文章です。複雑な人間関係を描きながら、それを難しい云いまわしをあえてすることなく、しかし特別キャラであるミコトのシナリオだけは難しい云いまわしをあえてしつつもそれをわかりにくくない筆致で描くところなど、そういったところで突っかからない文章の巧さもまたあるでしょう。
そしてさらに、章と章の間に「実は彼女はこのときこう考えていた」という幕間のようなチャプタが入るのですが、これが実に有効に機能しているというのもあると思います。
これがあることにより、物語を外側から客観的に見ることができ、なおかつその謎を知りたくなる魅力を生み出し、さらにはそこからあえてミスリードを引き起こさせることにより、結末の意外性をも産み出すことができます。
こういった「実はそのとき彼女は」のような試みは他の作品でも見ることはできますが、この作品はこれをうまく使っているいい例だということができるのではないでしょうか。
もちろんそういった、「神の視点」をプレイヤに持たせることにより、主人公とプレイヤとの同一性は失われますが、それは主人公である準一が独立したキャラクタとして非常に立っているので気になりません。
この作品、シナリオ面においての黒幕は実は作品途中でおおむね想像が付きます。ああ、この人が怪しいなあ、というのが比較的早い段階でだいたいわかるんですね。
しかし、それだからつまらない、というのはこれは当たりません。推理モノならともかく、黒幕が読めたからつまらない、という性質の作品ではないこともひとつなのですが、それ以上にこの物語では、意図的に黒幕を早い段階でプレイヤに知らせようとしている感じが見て取れます。
つまり、「黒幕はこの人(たち)ですよ」というのを知らせて、その上で物語を進めるのが前提になっている、ということです。そしてその上で、物語の中に引き込むための展開をこの作品は持っている、ということなのです。
これは何気に非常に難しいことだと思うのですよ。ある意味で全方位的に物語を進行しなければならないわけですから。
この作品の場合、それを高いレベルでクリアしています。細かいところを云えばいろいろ突っ込めるのでしょうけれども、物語を楽しむ上ではそのあたりは気になりません。純粋に読んでいて楽しい作品です。
また、登場するキャラクタが実に個性的なのもまた魅力のひとつでしょう。確かにお約束キャラの踏襲ではあるのですが、しかしそこは台詞回しや主人公との関係性で巧く個性付けられており、終わったあとでもキャラクタとして印象に残ります。
特になごみはその傾向が強く、物語的な役割をしてみても印象的なキャラクタの代表格なのではないでしょうか。毒舌キャラというのも一種の定番だと云われればそうなのですが、それもまたいちいちつい微笑んでしまうような台詞回しなど、作中でも印象に残るキャラクタではあります。
なんというか、非常に物語として普通に楽しめる一作ですね。確かに、終わってから感動で大泣きするとか、トリッキーな話展開に唸るとかいうタイプの話ではありません。もっと素直に楽しめる、ちょうど質の良いテレビドラマのようなお話です。キャラクタたちもそれぞれにちゃんとした個性と魅力を持っていますし、読み終えたあとで何か映画でも見終えたような気持ちよさが残るような作品でしょう。
全員分のエンディングを見ようとするとプレイ時間はそこそこかかりますが、そういったストレスをあまり感じさせません。アダルトゲームとしても完成度は高いのではないかと思います。
<CG>
巧いです。特に湊やなごみあたりは素直に可愛い感じ。キャラクタによって絵柄が若干違い、露骨に描いている人が複数人いるのがわかってしまったりはしますが、それも違和感を感じるほどではありません。尤も、つかさなんかはちょっと胸が大きすぎて却ってアンバランスになっている気がしたりもしますが……シナリオの必然なので仕方がないところなのでしょうか。
ただ、若干一枚絵が少ない印象で、ここで一枚絵が入ればいいシーンなのになあと思うところが何箇所かあってそれが多少残念ではあります。枚数的にはまったく問題ないのですが、如何せんシナリオのボリュームに追いついていない印象はあります。
また、幕間等に入るディフォルメキャラがまた可愛らしくて、絵柄は全体的に悪くありません。嫌味なところやクセのない、受け入れやすい絵柄であるのではないかと思います。
<システム>
ごく普通のアドベンチャーシステムで、初期のバージョンでもうちの環境だと大きなバグなどはありませんでした。スキップも普通に高速ですし、一般的なオペレーションについては特に問題はありません。逆に云うと特に触れるようなところもないわけですが。
<音楽>
割と雰囲気のよい名曲が揃っています。歌モノ二曲、特にエンディングの『あかね色に染まる坂』あたり非常に耳あたりのよい曲なのですが、劇中曲も非常に気持ちのよい曲揃い。『Gentle Miniature Garden』『青空の見える丘で 〜The evening〜』あたりがお気に入りです。
声は女性キャラはもちろん、主人公以外の性キャラ、男女脇役キャラ含めてフルボイスです。そういう細かいところも含めた上で、みんなそれぞれに上手い感じ。キャラクタが特徴的なので演じるのも比較的難しいのではないかと思うのですが、そういうのを感じさせません。湊、観月、なごみあたりは特にそのへんの上手さが際立っているような気がします。なごみなんかは普通に演じにくそうなキャラクタだと思うのですが、そのへんも不自然な感じなく演じられていて悪くありません。声のレベルは全体的に高いです。
<総合>
なんというか、この作品の売りである(らしい)ところの「ツンデレ」とかなんとかというのはあまり意識しないほうがいいかもしれません。
ツンデレというのがどういうものなのかという定義についてはいったんおいておくとしても、そのへんがあまり強く出ているとは思えません。確かにこういうのをツンデレというのだろうなあと云えばそうなんだろうなあ、くらいのもので、あまり意識しすぎると却ってキャラクタの魅力をスポイルすることになりかねません。
それでもツンデレがいいよ、という人たちにとっては、わたしはどうにもその「ツンデレ」というものが正確にどういうものかわからないのでツンデレがこの作品においてどうなのかということに関しては評せないところではあるのですが、感覚的に「いつもはツンツンしてていつのまにかデレデレ」という古典的なツンデレイメージとはちょっと違う気がします。パッケージにて「ツン7:デレ3」と紹介されている優姫あたりも、比較的早い段階で主人公とは仲良く毒づく関係になってたりしますし。まあ、毒づいてるから「ツン」なのだと云われればそうなのかもしれませんが、このあたりはやっていただいて判断していただくしかありません。
ただ、個人的には先述したように、あまり意識しないほうが楽しめるのかな、という気はしました。変に意識してツンデレだどうだとなるよりも、物語とキャラクタを素直に楽しめる作品だと思いますので。
あとはあれですね、同ブランドの前作となる『青空の見える丘』で攻略できなかったミコトというキャラクタを出してきたわけですが、これの出し方も「ただ前作で人気があったんで出してみました」ではないところはポイントですね。
たとえば、安易に「転校してきたキャラクタとして」とか、非常に簡単に登場させることもできたはずです。しかしこの作品ではそれをせず、あえて「ああいう」登場のさせ方をしたことは、これは作品としてものすごく意味のあることだと思うのです。
わたしはこの『青空の見える丘』をプレイしたことがないのでそのキャラの立ち位置がどういうものなのかはよく存じませんが、しかし、近作に登場するにあたり、きちんと物語に深いところで意味を持って絡んできている丁寧さは素直に凄いと思いました。
気になっている方にはお勧めの一作でしょう。非常に良質な物語として楽しませてくれる、買っても損はしない作品になると思います。
2007/08/01
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