-Mercedes Benz E240 Station Wagon(S210)-

 車って面白いもので、すべての車は、マックスで一定の数値をそれぞれに割り当てたパラメータがあるんじゃないかと思うんですよ。たとえば、その「マックスの数値」を10だとすると、最初に買ったビートは「走りの楽しさ:9 スピード:1 乗り心地:0 利便性:0」みたいな。
 そこへ行くと、二代目になったタウンエースは、利便性にすべてを振った車でした。走りの楽しさはMTだから1くらいあげてもいいですが、運転していてなんだかわくわくするというビートのような面白みはまったくありませんでしたし、何より、走る・曲がる・止まるという車の基本性能がすごく犠牲になっています。
 これはトヨタが悪いんでもタウンエースという車が悪いんでもなく、ただ単純に、「そういう車だから」に過ぎません。
 室内の使い勝手は車体の大きさを感じさせないほどよくて、旅行に行ったときの仮眠とかは思わずぐっすり眠りこけるくらい快適でしたし、荷物を積もうと思えばスーパーカブだって積めてしまう広大な荷室が出現するというこれほど利便性の高い車はそうはありません。ボンネットのない伝統のワンボックス型であるがゆえに、今時のミニバンとは比較にならないくらい広い荷室が存在しているのです。
 ただし、ワンボックスというのはエンジンの上に運転席があり、モノコックボディでその全体に重みがかかる形態ですから、重心が高くてコーナーでは安定しません。曲がろうとすると上から引っ張られているような力が働き、乗っている人(運転手含む)の不快感を煽ります。この車はツインムーンルーフがついてたので特にですね。
 さらに、尋常じゃなく柔らかいサスペンションによって、ブレーキをかけたり曲がったりすると車内はかなり激しく前後左右に揺られます。これはある程度注意して運転していても、ある程度の速度で走ろうとするとどうしても起こる現象でした。
 また、重心が高いということは空気の流れも悪いわけですから、はっきり云ってスピードは出せません。出ないわけじゃないんですが、130キロを超えるとはっきりと「怖い」です。さらに、2000ccとは云っても古いOHV(!)エンジンですから、馬力はカタログで97馬力。これで1500キロに限りなく近い車体を引っ張るわけですから、スピードなんて出るわけがないのです。正直、タウンエースは気に入っていますが、それは室内に関してであって、走りに関して誉められたところは一つもありません。
 あと、都心部に車で出ると、駐車場によっては高さの制限で入れないことがままあってそれも参りました。これはまあ仕方が無いことなんですが。
 もちろんそれはわかっていて買ったわけですから、それに対して文句を云うではありません。ありませんが、ビートからの乗り換えであるが故に、走行性能が犠牲になりすぎているのは正直辛いところでした。はじめに買ったのがミニバンとかならまた変わっていたんでしょうけどね。
 そういうことからすれば、ものすごく極端な車二台を乗り継いだということになります。旅行のときはあまりのありがたさに甘えまくっていたわけですが、ビートに乗っていた頃にはよくやっていた「ちょっと走りに行く」ことをしなくなりました。「走る」ことそのものがあまりにあんまりだったので、そういうことをしたいなあと思わなくなっていたのかもしれません。
 そこで、「走り」と「利便性」が半分くらいの車というのはないもんかな、というのは漠然と思っていたことでした。思ってはいたんですが、具体的にじゃあ何がということはなかったですし、興味が湧く車種も無かったですし、タウンエースも気に入ってますからそれで止まっていたのです。
 きっかけは「レクサス」でした。
 近くのレクサス店で「レクサスISが発表になる」という新聞広告が入っていたんですね。
 レクサスは云ってしまえばトヨタなんですが、高級車ディーラーならではの敷居の高さみたいなのがあって、興味はあるけどちょっと入れないよなあ、なんて思っていたのです。
 ところがここで新聞広告を入れてきたということは、俺が行ってもいいってことだよな!などと勝手に思ってたずねてみたわけですね。その辺の様子はこのへんを参照してもらうとして。
 この後、レクサスISの350に試乗させてもらうことができたんですよ。
 レクサスISはすごくいいクルマで、踏めば踏んだだけ走っていくし車内も静かだし、云うことはありません。最新のクルマだけあって大馬力の余裕にハイテク満載という感じで、まさにトヨタの技術の集結!って感じでした。
 で、これに乗ったところで、じゃあこのレクサスがライバルとしている高級欧州車……特に、高級車の代名詞であるメルセデス・ベンツというのはどういうクルマなんだろう?という興味が湧いてきたのです。
 もちろん「メルセデス」の名前は名前は知ってましたし、興味が無いわけではなかったんですが、それまで「ベンツ=高い」とか、「外車=壊れる、維持費がかかる」とかっていうイメージが先行して手は出さないでいたのです。
 ですが、自動車ジャーナリズムは口癖のように「メルセデスは流石」という文法をかたくなに崩しませんし、メルセデスを自動車の王者として誂える世間のまなざしもまた崩れません。
 別に偉く見られたいわけでも威張りたいわけでもないですが、「最高級の自動車」メルセデス・ベンツというクルマに対して興味が凄く湧いてきました。その「最高級」であるメルセデスをクルマ人生の最終地点にするのではなく、通過地点にすれば、自分の中でクルマに対して何かが変わるんじゃないかという思いが突然湧き出てきたのです。
 で、「タウンエースの次はメルセデス」という思いが漠然と湧きあがってきました。
 ちょっと調べてみると、メルセデスって新車だと到底手が出る価格ではないんですが、中古車だと実は意外と安いのだということもわかりました。故障も今時のものならさほど多いわけでもなく、もし仮に大物であるATやエアコンが壊れても、「はい、それじゃあ百万円!」なんてことはないということもまたわかりました。
 もちろん、国産のクルマよりは金がかかりますが、「莫大」というほどではないんだということですね。
 大排気量しかないと思っていたメルセデスも、調べてみれば下は2000ccから(Aクラスなら1600ccから)あることもわかりました。Eクラスなんかでも2400ccからあります。これなら税金も今より一ランク上なだけで済みます。そんなことすら知らないでメルセデスがいいなあ、なんて云ってたんだからたいしたものです。
 最初の購入予算は200万円。200万円でメルセデス!?ってなもんですが、これでも今までに買った車の倍額以上の予算だったりして。さすがにこれを超えると新車で国産車を買ってもいいクルマ買えますし、修理やなにやらでいろいろかさむかもしれないことを考えるとちょっと中古車の値段としては腰が引けます。
 あとは例のごとくサンルーフが欲しいとか色は白か黒がいいとか、まあなんだ、人並みの希望ですね。革シートにはこだわりないんでこれはいいですし、色も「できれば」くらいなので別にいいんですが。サンルーフもちょっとこの予算じゃ無理かなとか。ただ、輸入車初心者としては並行輸入車じゃなくてディーラー車でというのはありましたけど。
 で。最初はCクラスを狙っていたのです。今の形になる一つ前のW202というやつですね。
 上のもの以外の希望としては、旅行に行ったときに仮眠がとりやすいよう、できればセダンではなくてステーションワゴンがいいな、と。ワゴンなら荷室を平らにして寝られますから、シートで寝るよりも寝やすいです。「荷室」としてではなく、「ベッド」として使うわけです。
 ただ、ステーションワゴンはなかなか値崩れしないらしく、割と強気な根付けなんですよ。
 W202のセダンってものすごく値ごなれていて手を出しやすいんですが、ステーションワゴンだと200万円くらいあればなんとか狙えるかな、というところではありました。とはいえ、ディーラーではない町の中古車屋さんのものがメインなので、万が一のことを考えると怖くはありましたが。
 なので、いざとなればセダンでもいいかなと思ってたんです。セダンなら色や装備まで含めて、200万円もあればかなり自由度が上がりますし、ヤナセやシュテルンの認定ものも余裕で狙えます。
 ただ、不満が一つあって、このW202というクルマの顔つきは、まさに「ベンツです!」という感じのそれなんですね。Sクラスをそのまま小さくしたような、或いはW124とかの頃を思わせる「ベンツ顔」。
 この顔がいいんだという人も多いと思いますが、なんとなく「俺はベンツなんだぞ!」という主張みたいで、どうも押しが強い気すぎるんじゃないかなあと思っていたのですよ。
 モデルチェンジ後の現行Cクラス・W203型になってだいぶ柔らかくなり、この顔ならというのはあったんですが、W203はワゴンより相場が安いセダンでも200万円の予算だと厳しめな感じでした。
 そうなると今度はそれより一つ上のミドルクラス・Eクラスの先代型であるW210を狙いたくなります。これなら年式の新しいV6搭載モデルでも2.4リッターからありますから、これを選べば維持もそんなに大変ではありません。初期型の2.3リッターモデルのセダンなら、重量も1.5トン以下で収まるので税金面でも楽です。
 W210型Eクラスは、大まかに「直6搭載モデル」が初期型、「V6搭載99年10月までのモデル」が中期型、スタイルが若干変更になったそれ以降のものを「後期型」と呼ぶのだそうです。人気はスタイリッシュになった後期型にあるみたいで、さほど拘りのないわたしには前期や中期が安いのは非常に魅力的でした。
 このW210、いわゆる「丸目ベンツ」のハシリで、「あまり威厳の無い顔つき」が逆にカッコいいなあと。いかにもな感じがなくて、高速道路で後ろから走ってきてもあまり怖くない感じ。これならわたしみたいにふにゃふにゃの男が降りてきてもそこまで違和感は強くなさそうですし、これのステーションワゴンになればさらにマイルドです。「ベンツです!」っていう押し出しがあんまりないあたりがすごくいい。
 ただし、先代とは云えEクラスのステーションワゴンは「輸入車きっての人気車」のうちの一台とかで、値付けの強気っぷりはセダンの比ではありません。セダンはCクラスよりちょっと高いかなくらいで買えるんですが、ワゴンになるとこれが50万円以上上がります。町の中古車屋さんでさらに過走行、みたいなのが狙えるかなあくらいでした。
 サンルーフが付いてればいいなあと思っていたのですが、W210のワゴンを狙うなら装備なんか選んじゃいられません。「そんな値段であれば勝ち」です。
 なので、W210ならセダンでも大きいから後部座席で寝られるし、まあいいかと思っていました。これなら頑張ればサンルーフ付きでもなんとかなりますし、本当に「走る」ことを体感したいなら、ワゴンよりも「基本」であるセダンのほうがいいかなと思ったのです。荷室の使い道は仮眠くらいですし。
 とはいえ、タウンエースの車検は2006年11月(これを考えていた時点ではほぼちょうど一年後)まで残ってるし、一年も経てば全体的に少しくらい相場も下がってるだろ、くらいの気持ちでいました。なんというか、この時点で実際に買う気持ちはほとんどなかったと云ってもいいと思います。
 しかし、カーセンサーネットやヤナセ、シュテルンの中古車ホームページを見るのは癖になっていました。CクラスとEクラスを検索して、やっぱり高いとか、あ、このクルマ値段下がったな、とか、そんなことを思っていたわけです。
 で、2005年の末、いつものようにカーセンサーネットでEクラスを検索してみたところ、東京から少し走ったところにある某県某国産車ディーラーの中古車販売部門に、120万円で97年式W210のE230が出ているのを見つけました。
 年式は97年式でそこそこ古いですが、距離はそんなに多いわけではありません。何より、町の中古車屋さんよりは一般的に信用できる(とされる)ディーラー系の中古車にしては尋常じゃなく安いです。
 これは何だと思いつつ、カーセンサーの「この店の同じ在庫を見る」という欄を見ると、そこにありましたW210型E240ステーションワゴン。99年式で走行6万5千キロ。色が「定番安全色」のブリリアントシルバーであることを除けば、サンルーフまでついててまさに「理想のW210」です。
 果たして値段は……200万円以下。
 これは安いです。サンルーフ付きで中期最終型の99年式、町の中古車屋さんでも200万円を切るのはなかなか見つけられません。相場ならどんなに安くても220万円くらいからでしょう。それがヤナセやシュテルンではないとは云え、ディーラーでと考えると「破格中の破格」です。
 ま、確かにW210のワゴンは圧倒的に3200、それも内外装をちょっと豪華にしたアバンギャルドというモデルの流通が多く、素の2400(2300)モデル自体あまり見かけないというのもあるんですが。たぶんあんまりこのへん人気はないんでしょう。ないとは云え、かなり安いことには代わりないんですが。
 2005年大晦日の日だったんですが、構わず見に行きました。
 それだけ値段が安いのはおかしい。実は並行輸入車なんじゃないかとか、実は事故車なんじゃないかとか、猛烈に傷があるとか、ペットの匂いが取れないとか、いずれにしてもなにか原因があるんじゃないかと。もしなんにもなくてその値段なら既に売れててもおかしくないです。
 果たして行ってみるとまだありました。ちゃんと値段も同じ。当たり前ですが。
 わくわくしながら駐車場にクルマを止めたんですが、建物から誰も出てきません。いちおう許可とったほうがいいかなと思いながら建物に近づくと、自動ドアが開きませんでした。中の蛍光灯は点いてるし駐車場のチェーンはかけられていないからたぶん営業はしてるんじゃないかと思うんですが、とにかく今は誰もいないようです。年末だから休みなのかななどと思いながら、せっかく来たのだしと外観だけでも見せてもらうことにしました。
 まず、ぱっと見た感じでは凹みとかはありません。傷についてはバンパーとかに細かい傷が二つ三つ、右リヤドアの下に擦ったような傷、アルミホイールにも擦り傷がありましたが、気になるほどではありません。リヤのハッチゲートにはシュテルンのステッカー。ちゃんとした正規ディーラー車で、ヤナセモノではなくシュテルンモノなようです。
 ほんとは見積もりとか、あるいは車内とかも見たいなあと思ってたんですが、とりあえず外見見てても人が戻ってきそうにないのでその日は一度帰り、正月明けて3日。再び見に行きまして、今度はちゃんと人が居ます。人が居ますどころかむちゃくちゃ混んでました。正月早々あんなに人がいる自動車ディーラーも珍しいと思います。
 中古車担当の人は一人しかいないらしく2時間ほど待たされましたが、鍵だけは借りられたのでその間を使って中までじっくりチェックできました。
 中も綺麗で、運転席周りのヤレ方は走行距離相応。ハンドルなんかはああ、この走行距離だなあって感じで擦り切れてますし、よく触るであろうオーディオのスイッチなんかもかなり使用感があります。
 ペットの匂いとかはしません。それから見たときには書いてなかった社外のナビが付いてます。
 エンジンもすぐにかかり、ブレーキを踏んだままATを「D」レンジに変速すると、すぐに「コツン」という反応がありました。ATもまだぜんぜん調子いいみたいです。機関いろいろ試してみても、問題あるところはぜんぜん見つかりません。むしろ調子いいくらい。記録簿もついてました。
 どうしてこれがこの値段なのか、まずはそこからです。事故車じゃないけど実は中で人死んでるんじゃないかとか。
 二時間後、ようやく担当の人と話ができまして。「なぜか安かったんですよ。年末で在庫持ちたくない会社が多いからじゃないかな」と、オークションの出品表を見せてもらいました。出品表ではまったく問題なし。出品したのはホンダのディーラーで、たぶん下取車なんでしょう。落札価格を見ると「ほとんど乗せてない」状態です。
 で。このディーラー、先にも述べたように某国産メーカーのディーラー併設の中古車店なんですが、このメーカーのクルマがほとんど置いてないんですよ。
 普通、メーカー直系の中古車屋なんてそのメーカーの車両がメインになるもんだと思うんですけどね。15台以上ある中古車でそのメーカーのクルマは2台。それも試乗車や在庫車をそのまま回した、今では使われない言い方ですがいわゆる「新古車」で、あとはみんなボルボとかアルファロメオとか輸入車ばっかり。「どうしてですか」と聴いたら「好きだから」と帰ってきました。実に明瞭です。「一人でやってるようなもんですから好き勝手できるんですよ」と。
 もうね、この人の人柄に惚れちゃいましたね。自分もメルセデスに乗ってるらしくて(国産車ディーラーの社員なのに……大丈夫なんでしょうか)、エアコンとかATとかウイークポイントについての質問に対してスパンスパンと答えてくれたりもしますし、「保証は6ヶ月だけど、切れた後でも持ってきたらいいよ、直してあげるよ」だったり。好きなんだなあ、というのが伝わってくる感じで。
 もうほとんど買う気になりながら、いや待て待てまだ車検一年残ってるんだぞなんて思いながら保留して家に帰ったんですが、あれだけの程度であれだけ安いのはもう出てこないだろうなあなんて思ってたら居ても立ってもいられなくなりまして。
 結局次の日1月4日、朝一で起きて店に行き、「買います」と伝えてしまいました。さらにいろいろ値引きまでしてもらいまして。
 予定より一年も早くなってしまいましたが、いいです。これなら満足です。結局、予算をちょっとオーバーしたくらいの値段で買ったW210ワゴンS210。
 どうなることやら。

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