-"BEAT"……Why?-

 クルマを買おうと思ったとき、実は車種や車格にはあまりコダワリはありませんでした。が、絶対に外せない条件がふたつだけあって、それはひとつが「マニュアルミッション車」であること、そしてもうひとつが「屋根が開くこと」だったのです。
 家には既に、家族が使っているクルマが二台ありました。一台は買い物やら送迎やらもっともよく乗られている1.3リッターのマツダ・デミオ。そしてもう一台が、長距離の旅行なんかに使っていたトヨタ・ランドクルーザープラド。ちなみに両方ともオートマチック車です。
 クルマを買おうと決意したのがちょうど大型トラックの免許を教習所で取ったばかりの頃です。この教習所で、オートマ車に慣れきっていた体のおかげでとにかく苦労しました。わたしは最初に免許を取ったときはオートマ限定で取り、その後に限定解除審査で限定を取ったので、路上教習とかはすべてオートマチック車だったのです。あまり長い時間マニュアルミッションの車に乗りつづけたことがなかったのですね(限定解除は、所内の教習4時間と卒検で取れてしまうのです)。教習所の大型トラックは当然マニュアル車でして、まずシフトチェンジとか発進とかそういう基本項目にすら慣れてないわたしがやれ所内だ路上だと走るんですから苦労しないわけがありません。
 中でも坂道発進には最後までヒヤヒヤものでした。基本的にわたしは運動神経が鈍いので、普通二輪の免許を取ったときも坂道発進では苦労したんですが、こちらはさらに大変。坂道発進の失敗のせいで一度仮免検定に落ちているくらいなので筋金入りです。幸い、失敗はその一回だけでなんとか卒業はしましたが、もしこのままオートマチックのクルマに乗りつづけていると、いざ大型トラックやバスを運転することになったとき、資格はあるけど坂道発進もできやしねえなんてことになりかねないなという危機感が芽生えました。わたし自身は別にトラックやバスを常に運転するから免許を取ったのではなく、子どもの頃にトラックやバスの運転手に憧れたことがあって、別にそれを生業にするかどうかは別にしても「運転することができる」という資格を得るためだけに取ったので、別に教習所を卒業してすぐにトラックに乗るというわけではなかったのです。つまり、「卒業しちゃえば、またよほどの機会が無ければマニュアルミッションのクルマには乗れない」状況になってしまうわけです。
 そしてもうひとつ、トラックを教習所で運転しているとき、シフトチェンジをまめにしながら道を走っていくという作業がなんとも云えず楽しかったというのがありました。バイクもそうですが、坂道だから一速ギアを下げようとか、パワーバンドに入ったから一速ギアを上げようとかそういうことを考えて、さらに体でクルマを操っているという感覚が非常に面白いのです。教習所のトラックでさえそうなんだから、勝手気ままに道を走れる自分のクルマだったらもっと楽しいだろうな、という考えはずっと残っていました。
 二つ目の「屋根が開くこと」というのは、何もオープンカーであるという意味ではありません。結果的にはオープンカーになりましたが、最初はサンルーフが付いているクルマ、ということで考えていたのです。
 上を見れば空が見えて、開ければ空と車内が繋がって空気が入ってくる。そんな感覚を堪能できるサンルーフは、わたしにとっては子どもの頃からの憧れでした。それまで家で乗っていたクルマは、今のプラドとデミオの前にもブルーバードUやGX71型マークII、スターレットやチェリーなど数台に及びますが、サンルーフがついた車というのは一台もありません。家族で使うにあたって別に必要な装備ではないし、何よりオプションとしての値段が高い装備の代表格ですから、これは仕方が無いところでしょう。でも子ども心に、サンルーフのあるクルマはたとえカローラクラスのファミリーカーであってもスペシャリティカーに見えたものです。一般的な子どものようにフェラーリやポルシェのような高級外車スーパーカーに憧れるといったことはありませんでしたが(なんせ5、6歳の頃、生まれてはじめて好きになったクルマが440セドリック・グロリアだったという渋すぎる趣味の持ち主でしたので)、この「サンルーフのついている車」というのだけはどうにもこうにも別格でした。この憧れに関してはずっと引きずったまま今に至るわけです。

 さて、その二つの条件を満たすクルマということで、いよいよ中古車探しをはじめました。子どもの頃からのクルマ好きでしたから、「はじめて自分のクルマを持つ」というのはひとつの夢の具現。普段はいいかげんな性格でも今回ばかりは慎重です。
 上記二つの条件と、あとは買うときの現実的な条件(経済的な都合からの予算と2リッタークラスまでという排気量上限、故障のときの対応へ備えて家からそう遠くないディーラー系中古車屋での購入)さえ満たしていればスポーツカーだろうがセダンだろうがワゴンだろうがなんでもよかったので、とにかくシルビアやスカイラインから、アクティやカルタスまで車格や形状こだわらず会社が休みの日は店でめぼしいクルマを見せてもらう毎日でした。
 見ていくうちに、いろいろと考えはまとまってきます。サンルーフのついたクルマというのがなかなかないこと。そもそもディーラー系の中古車屋ではマニュアルミッション車というのを置いてないところも多々あること。どうせ会社が休みの日しか乗らないことを考えると軽自動車クラスにしたほうが経済的にはラクそうだということなどなど……しかし、軽自動車クラスになってくると、サンルーフつきマニュアルミッション車というのはさらに絞られてしまいます。というよりも、ほとんど皆無と云っていい状況でした。もともと経済性が一番に押し出される軽自動車で、十万円を超えるオプションを装着する人など考えてみればそんなにいるわけがありません。ワンボックスならばそれなりにあったりしますが、そういう高級装備のついたクルマというのはたいてい上級グレードなので、今度はミッション形式がほとんどオートマチック車なのです。
 そこで一気に候補になってきたのがオープンカー……スズキのカプチーノとホンダのビートだったわけですね。両方とも実用性はまったくありませんが、どうせ家には二台他にクルマがあるので、なにかそういう用途ならばそちらを使えばいいだけの話です。しばらくはこの二台に絞ってスズキとホンダのディーラー系中古車屋を回り歩いていたんですが、カプチーノに値段と程度の折衷する、納得のいく車両が見当たらなかったことと、逆にビートに非常に程度のいい車両が見つかったことが重なって、いよいよビート購入に踏み切ったわけです。

 そういうわけでして、ビートを買った経緯というのは、実は非常に消極的なんですよね、わたしの場合。このクルマを探す人は「ビートじゃなきゃ絶対ダメ」という人が非常に多いそうなんですが、わたしの場合は別にそういうことはありません。正直なことを云えば、絶対的なスタイルや内装デザインに関してはカプチーノのほうが若干好みだったりもします。いや、もちろんビートが気に入っていないというわけではありませんのでこのあたりは誤解しないでいただきたいのですが。云うまでもないことですが、結果としてビートを買ったことに関してはまったく後悔などしてませんし、むしろ良かったと思っています。


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