-"HONDA BEAT" for me-
はじめて「自分で買った四輪車」です。イエローナンバーの軽自動車、排気量は660cc。レッドゾーンが9000回転からという四輪車としては異例とも云える超高回転型エンジンをミドシップに搭載し、軽自動車規制枠いっぱいの64馬力を発生します。
いいかげん古い車です。なんせ平成三年式ですから、買った時点で既に十一年落ち。普通の軽自動車なら既に解体屋の片隅で鉄屑になっていてもおかしくないような車ですが、それがまだそれなりの値段で流通しているあたり、やっぱりこの車の特殊性なのでしょう。
本来、軽自動車というのは経済性の高さを評価されるものです。自動車税や自賠責保険などにはじまる維持費も普通車に比べて格段に安いですし、それでいて今の軽自動車は既に普通車とたいして変わらない豪華な装備がついていますから、まさに「安価でそれなりに使える」のが軽自動車の最大のメリットなのですね。規制枠である64馬力という数値は、当然リッターカークラスのファミリーカーよりも劣りますから、どんなに「スポーツカー」を謳ってみたところで絶対的な馬力ではどうしたって280馬力の普通車には及ばないし、居住性も車幅や長さに制限がある軽自動車の枠内では、やっぱり普通車のリッターカークラスにも及びません。あくまでも「すべての面においてそこそこに使える」ことが評価されるわけです。スズキのワゴンRなんてのがヒット作になったのも、軽自動車の枠でありながら、それなりに荷物も詰めて人も乗れてそれなりに走るからだとわたしは思っています。
その点、このビートはそんなものに真っ向から立ち向かいます。規制は規制として存在しているから馬力は64馬力止まり、二人乗り、荷物はほとんど何も乗らず、ミッション形式は5速のマニュアルのみ、パワーステアリングなしという「不経済の塊」とでも云うべきポジションでありましょう。これはカプチーノやAZ-1なんていう、同世代のスペシャリティ軽自動車に共通している事項なんですが。内装もプラスチッキーで非常に安っぽいですし、ドアを閉める音も、他に家族で使っているランドクルーザーやデミオが「バタン」と閉まるのに対し、こちらは「バシャン」といういかにも鉄板ですというような安っぽい音です。当然車内は狭いことこの上無く、「走ること以外にはどうしようもない」車なわけです。でも逆に、その思い切りがいいわけですね。中途半端な居住性、中途半端な高級感よりは、いっそのこと走るときに楽しければそれでいいじゃんという、創る側の「思い切り」が感じられるんです。なんにでも使えるということは、逆に何にも使えないのと道義であると云わんばかりの主義主張。これが「ビート」という車の根幹にあるとんでもなさというか、面白さなわけです。
で、そのビートなんですが、わたしはこの車は、いわゆる「スポーツカー」ではないと思っています。スポーツカーと云うのがどういう定義でスポーツカーなのかなんてのは誰も決めてはいませんからこれはあくまでもわたしの主観なんですが。
スポーツカーと云うのは、まず絶対的に速い車であると思うんですよ、まず。昔からレーシングカーの歴史は基本的にはモア・パワーの塗り替えによって発展してきたものです。そこへきてこの車のパワー。64馬力というのは、家族で使っている1.3リッター3速ATというファミリーカーの見本みたいなマツダ・デミオにも劣ります。
実際、このビートで一度山道を走って走り屋の真似事みたいなことをしてみたんですが、これがもうほんとに遅い。視点は低いし、ミドシップなので後ろから聞こえてくるエンジン音はカーステレオの音すらかっ消すくらい唸ってるからなんだかとてつもなくスピードが出ているように感じるんですが、ちらりとスピードメーターに目をやってみると制限速度プラス10キロから20キロ程度しか出てなかった、なんてのの繰り返しです。もちろんこういう技術をちゃんと身に付けている人ならばもっと速く走らせることもできるんでしょうけどもね。少なくとも同じ道をデミオで走ったときは、もう少し速度は出ていました。
つまり、「簡単に速く走る」という観点で云えば、この車は決してそういう風に作られてはいません。例えば間違いなくスポーツカーであるスカイラインGT-Rなんていう車は、もちろん運転に慣れがいるのかもしれませんが、アクセルを踏めばその馬力に任せてぐんぐん加速していきます。踏んでも踏んでも「スピードが出ているような気がする」ビートとは大違いです。ですが、ビートがGT-Rやデミオよりも悪い車であると云っているのではもちろんありません。ただ、ビートという車は、決して「スポーツカーではない」というそれだけのことだと思うんです。ビートは「運転を、走ることを楽しむ車」なんだと思うんですよ。
ビートは先にも書きましたが、とにかく視点が低い車です。デミオのような車に乗りなれていると、まるでレーシングカーのドライバーズシートに収まっているような感覚さえ覚えますし、その視点の低さのせいで同じ速度で走っていてもなんとなく速く走っているような錯覚を受けます。さらに、運転席の真後ろに搭載されている7000回転オーバーで最大トルクと最大パワーを発揮するというオートバイのような超高回転型ユニットは、3000回転くらいまでは軽トラックのようないかにもという雰囲気のノイジーなエンジン音なんですが、回していくとテレビのレース中継で聞いた、レーシングカーのような音に変わります。ステアリングもパワーステアリングはついていないものの、フロントが軽いせいか走行時は重さは感じずにくるくる回ります。
つまりこれって、演出なんですよね。「今俺は、速く走っているスポーツカーを操っている」という感覚を引き出すための演出。演劇で云えば、舞台照明や小道具は過ぎ去っていく景色。音楽は後ろから聞こえてくるうるさいエンジン音です。一人でガラガラの山道を走っている。後ろから聞こえてくるエンジン音は高らかだし、吸い付くように道路のセンターラインは後ろへ流れていく。かなりのスピードで走ってるんだなあと思う。スピードメーターの数字になんて意味はありません。ミニバンだろうが軽トラックだろうが、早く行かせたい車なんか先に行かせちゃえばいいんです。それよりも、舞台の中央で演じている自分と、それを観客として観ている自分を感じられればいい。そんな車ですね。そういう意味では「スポーティな車」ではあると思います。が、誰であっても、俺の前は走らせないというような「スポーツカー」ではないと思うんです。
さすがにホンダはバイクも作っているだけのことはあって、このへんをしっかり抑えているなと思いました。わたしはバイクも好きでよく乗りますが、あれも別に速く走らなくても気持ちがいいじゃないですか。もちろん、車にスポーツカーが存在するように、速く走るための「スポーツバイク」も存在します。ですが、ただ涼しい山道を走っているだけで、流れていく景色をゆっくりと見ながら走ることそのものが楽しいっていう楽しみ方もあります。山道でサーキットよろしくスピードを競うというのも(その是非は別にして)バイクの楽しみ方だとは思いますが、そうじゃない楽しみ方だってあるわけです。こういう感覚を、クルマというタイヤの数が二つ増えた乗り物で再現したのがビートという車なんじゃないかと思います。ビートとバイクは似ているなんてよく云いますが、これは別にオープンカーだからとか高回転型エンジンだからとかいうことよりも、こちらの要素が大きいんではないでしょうか。
だから、運転していると自分がなんだかクルマを操っているような気がして楽しくて仕方が無いというのがこのビートという車の大きな特徴ですね。もちろん実際にサーキットや夜の山道なんかで活躍している「速いビート」もいると思います。それはそれでもちろんアリでしょう。運転することが楽しいというコンセプトならば、それもひとつの形ですから。ですが、のんびりゆったり、例えばオーディオで自分のお気に入りの曲なんかをちょっと大きめのボリュームでかけながら、秋の山道なんかをシフトチェンジしながら走るなんて状況でも、それだけで普通に楽しい車です。免許証を取り立てのころって、別に例えば家にあるATのカローラだって運転してれば楽しかったりしますよね。あれって結局、「ああ、俺は今車を運転してるんだ」っていう感覚ありきだと思うんです。そういう感覚を思い出させてくれるのが、このビートという車の本当にすばらしいところだと思います。
実際、ビートのサイドロゴの上には、「MIDSHIP AMUSEMENT」という文字が刻まれています。「MIDSHIP SPORTS」じゃなくて、「AMUSEMENT」なんですよ。これ、ミドシップ車を「楽しんでくれ」というホンダからのメッセージなんだと思うんですが、いかがなものでしょうか。
そうそう。ビートのもうひとつの大きな特徴……それは「屋根が開く」ということです。オープンカーというやつですね。がばっと屋根がなくなり、上を見ても横を見ても後ろを見ても景色が広がるというのは、クローズドボディの車でももちろん、オートバイともまったく違う新鮮で心地よい感覚です。さすがに屋根を開けて走るとそれなりに目立ちますが、子ども以外はたいていなぜか目をそらすので別に気になりません。いい年してなにやってんだかとか云われそうですけど。
これが、本当に気持ちいいんですよ。屋根がなくなるっていうたったそれだけのことなんですが、それだけで圧倒的な開放感があります。風を感じられるって云うのならば別にクローズドの車でも窓を開ければ風は入ってきますし、ガラスエリアが広い車なら開放感もそれなりにあるものですが、そういう理論的なものではありません。こればっかりはもう、「乗ってみないとわからない」という本当に感覚的なものです。これをどうこう説明しようとするのはちょいとばかり野暮というものでしょう。もちろん、屋根を開けて走れば、暑い日の信号待ちは照りつける太陽にさらされて暑いことこの上ありませんし、突然雨が降ってきたら一刻も早く幌を閉めてやらないと車の中は水浸しになります。でも、それもまたいいんですよねきっと。エアコンの効いた車内で快適に移動するのももちろんすばらしいことですが、逆に暑いときに暑さを、寒いときに寒さを感じながら走るというのも、純粋に「走る」ことを楽しむのなら十分に「アリ」でしょう。
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